バトシーラー日記

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「モノの交換」が持つ困難さが、市場の位置を決めた


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日本の中世、モノとモノとが交換される市が立つ場所は、河原、川の中州、海と陸との境である浜、山と平地との境である坂などでした。平安時代には、「虹の立ったら、その場所に市を立てねばならない」という風習もあったようです。

なぜ、こうした場所だけに市が立ったのでしょうか?

(以下、「日本の歴史を読み直す・網野善彦著」より引用)
 そこにはいると、モノも人も世俗の縁から切れてしまう。つまり「無縁」の状態になるのではないかと思うので、そうなった時にはじめて、モノとモノとを、まさにモノそのものとして交換することが、可能になるわけです。いいかえれば、市の場では、モノにせよ人にせよ、いったん、神の世界のモノにしてしまう。また別のいい方をすれば、だれのものでもないものにしてしまう。そのうえでモノとモノの交換がおこなわれるのではないかと思うのです。(引用以上)

モノとモノとの交換は中世頃まで、普通の場所では実現できませんでした。
それまで、モノとモノとのやり取りとは、贈与互酬の関係を取り結ぶことであり、それは即、例えば「緊張緩和」といった、共同体同士の政治的な出来事になってしまうからです。

そこで、市場は、日常の関係と断絶した、「無縁」の場所とされたようです。それがすなわち、河原、川の中州、虹の立つ場所などだったのでしょう。

一度そうして現世での縁を切った上で、はじめてモノのやり取りが可能になった、ということであり、そういう意味で、市場とは、はじめから共同体社会との大きな断層を孕んだ形で成立していったことが分かります。