バトシーラー日記

あまり知られていない様々な真実の知識をお届けします


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薩長天皇について裏情報筋の千家鳴争 Part2


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明治天皇がすり替えられた話は真実ですか?嘘ですか?(一問一答シリーズ68)
 A:35歳の若さで死亡(←天皇の場合なぜか崩御と呼ぶ不思議な慣行がある)した孝明天皇の息子、睦仁親王(むつひとしんのう)が萩藩(←長州藩なんて単語ができたのは明治以降)の大室寅之祐(おおむろとらのすけ)にすり替えられたという話は明治時代から言われていました。しかし、その噂を強引にかき消すために不敬罪を1880年7月17日に公布させて言論の自由を奪っていったことは有名な話です。もし天皇のすり替えを口にしようものなら逮捕される信じられない刑罰があったのですから、かなりの効果を発揮できたのではないかと思います。
 何しろ学術的研究が不敬罪によってできなくなるので、当時のことを知っていた人も時間の経過とともに減っていくわけで、歴史の真実は闇に埋もれて当時の支配者にとって都合のいい形に書き換えることが容易になるわけです。1947年に不敬罪という刑罰が無くなったころには、当時を知っていた人は現存していなかったでしょうから、学術研究は書き換えられている可能性のある史料や写真などに頼るしかなくなってしまうので、仮に天皇すり替えが真実だとしても、それを言うだけで異端者扱いされ、証拠を出せ、出さなければトンデモ論だと決めつけようとしてくるわけです。トンデモとレッテルを貼っている時点で思考停止ですけど、そういう人は感情的になっているので聞く耳をもってくれません。陰謀論だのトンデモだのとレッテルを貼っている人間は歴史研究を冒涜している認識がないので相手にする必要はありません。
 それはさておき、天皇真理教信者達が都合よく編集したウィキペディアにある孝明天皇肖像画は辻褄を合わせるために明治天皇に似せて作られた物だという説も有力で、それ以外の肖像画を見るとどれも明治天皇に似ていなのです。しかも今の孝明天皇肖像画の下唇は宮内省(現在は宮内庁)が後で書き換えたという話です。


下の肖像画は上の肖像画を少し書き換えたもので、後から明治天皇に似ているような絵に仕上げているのは誰の目にも明らかです。これを違うと言える人っているんですか?違うと言っている人は眼科に行くことをお勧めします。この絵はどう見ても明らかに下唇を修正しています。
 よく天皇すり替えはトンデモ論とレッテルを貼られたりするわけですが、本当にトンデモなら不敬罪を慌てて作って言論弾圧する必要なんてなかったはずですし、肖像画を後から明治天皇に似せて作る必要などないのです。
 そして睦仁親王の幼少期の写真があります。


修正を加えていないっぽいので非常に見ずらいですが、かなり華奢(きゃしゃ)な少年であることがわかると思います。これを人間の手で修正を加えて写真を少しばかり伏見宮貞愛(ひしみのみやさだなる)に似せて作って情報をねつ造された本を読んで騙されている天皇真理教信者もいるようですが、頭が悪くて騙されやすい人間なので信じる必要はありません。
 そして明治天皇肖像画は全く違う人物になっているのです。


 天皇に即位即すると上の肖像画のような大男に変化してしまったわけです。天皇真理教信者は上の写真は睦仁じゃないとか言い訳しているわけですが、その根拠は不敬罪の刑罰があって反論できない時代に佐藤愛麿(さとうあいまろ)という宮内省の人間がねつ造されている可能性のある歴史の辻褄合わせのための史料を作って、あの写真は明治天皇ではないことの裏付けを作るために書いた本を根拠にしているのでお世辞にも信用できません。昔のカメラは不鮮明になりやすいので人間の手を使って後から凛々しく鮮明化させるので、不鮮明であればあるほど修正後に顔を改造しやすくなります。
 それはさておき、睦仁が明治天皇に即位する前に、禁門の変などで萩藩(長州藩は正しくない)に京都御所へ大砲をぶち込まれたのに、天皇に即位すると討幕派の公卿(くぎょう)が復権してしまうわけです。そして明治天皇佐幕派から討(倒)幕派に急に変わってしまうわけです。つまり京都御所に銃弾や大砲を打ち込まれたのに天皇家は萩藩の味方になってしまったのです。普通、自分が住んでいるところに大砲を打ち込んでくる相手を許せますか?しかも自分達を萩藩から守ってくれていた幕府側を急に朝敵としますか? ちょっと考えられないぐらいの物凄い心変わりなのには驚きます。
 それだけではありません。即位後、生母の中山慶子(よしこ)に会っていないそうで、死後も墓参りには一度も行くことがなかったと言われています。鬼塚英昭氏は実際に中山慶子の子孫の家まで取材に行っていて、かん口令が敷かれているのでノーコメントだったそうです。つまり取材に行った時には不敬罪は撤廃されていたにもかかわらず、かん口令で取材に応じてくれなかったということらしいのです。それが本当かどうかは知りませんが、天皇即位後に一度も母親と面会していないなどの不可解さは残るわけです。
 しかも即位してからすぐに東京へ移転するなんて不思議ではありませんか? つまるところ、京都だと睦仁を知っている人が多かったから、入れ替わると同時に慌てて東京の江戸城跡に移住したということなら理屈は通ります。
 そして宮内大臣を努めた田中光顕(たなかみつあき)氏によれば、即位前は右利きだったのに即位後は左利きになっていたり、即位前と即位後で体格があまりにも変わってしまったということが暴露されています。これが本当かどうかは宮内省の大臣を務めた田中三顕氏にしかわかりませんが、少なくとも当時の現場にいなかった人間が明治天皇すり替え説は陰謀論、トンデモ論だとレッテルを貼って思考停止のまま溜飲を下げて自己満足に浸っている話よりは説得力があります。


佐幕派から討(倒)幕派になったり、京都御所があるのに江戸城跡地に移住したり、仏教を捨てたり、明治天皇すり替えの話を消し去るために不敬罪という刑罰を慌てて作ったり、右利きから左利きになったり、華奢な体から大男になったりと不自然なことがあまりにも多すぎるわけです。
 このように状況証拠は天皇真理教信者の思惑とは正反対にあきれるほど出てくるわけですが、残念ながら長い間不敬罪があったために物的証拠は消えてなくなってしまいました。しかし、唯一の物的証拠はまだ土の中に眠っています。つまり天皇家は土葬なのでDNA検査で過去を暴こうと思えばできるのです。そして今の天皇が火葬を希望しているのは、科学技術の進歩によって過去を暴かれるのを可能な限り防ぐためにDNAを残したくないからだと私は推測しています。
 もし検査をするにしても、日本人は信用できないので、日本に敵対していない海外の複数の機関に墓を発掘させてDNA検査をやらせれば、もしかしたら新しい真実が出てくるかもしれません。
 今後の歴史研究の発展のためにも宮内庁は墓を掘り起こさせるべきではないかと思いますし、それをやればすべてが決着するのです。ネットの影響で不敬罪ができる前の明治時代に言われていた天皇すり替え説が拡散しているのですから、黙らせるためにも重い腰をあげるべきでしょう。墓の発掘を拒めば拒むほどかえって怪しく見えてしまいますよ。

 

昭和天皇戦争責任はありますか?(一問一答シリーズ57)
 A:アメリカの物量や工業力を相手に到底勝てるわけのない戦争をやりだした首謀者は誰かと言えば、政治を支配していた軍部と昭和天皇にあるのは明白です。せいぜいミッドウェーで勝利した場合にのみ有利な講和条件が引き出せるかどうかの状態で、戦争を続ければ勝ち目のない戦争だったのは当時の海軍はみんなわかっていたと言われています。
 そしてミッドウェーでは完敗し、有利な講和条件すら引き出せる状態ではなくなってしまったのに、降伏しないまま国民を無駄に死なせることになったわけです。それだけではありません。国民は鉄やダイヤモンドまでお国のためと称して軍隊に略奪され、さらに旦那や子供の命まで奪いにきていたのです。
 ではそれはなぜかと言えば、降伏すれば軍上層部の連中や天皇はまず死刑になるのは予想できるから、自分たちの命を少しでも長らえさせるために国民の命と財産を武器を突き付けて奪い取ったわけです。
 そんな悪事を働いてきたわけですから、当然死刑になるべき存在でしょう。ミッドウェーに負けた瞬間に降伏していれば、昭和天皇や軍の上層部の処刑だけで済んだかもしれないのに、自分達の命を守りたいがためにダラダラと戦争を続けてたくさんの国民の命と財産が消えてなくなったのです。だいたい武器になる鉄はまだしもダイヤモンドまで略奪する意味がわかりません。
 こういった蛮行をやってきた軍部と、そのことについて何一つ文句を言わなかった昭和天皇は当然戦争責任があってしかるべきことです。
 沖縄では軍人に手りゅう弾自殺を強要され、天皇陛下バンザイと言わされて何千人が殺されたかわかったものではありません。軍人だって上司に手りゅう弾自殺を強要され、天皇陛下バンザイと叫ばされて自殺させられた人もかなりいると聞いています。それなのに終戦後は天皇だけ図々しく生き残ってしまったのだから滑稽でしかありません。
 当時のアメリカは天皇は使い道があったと思っていたのかもしれませんが、いなくなったらなったで何の問題もなかったことでしょう。むしろ既得権を生み出しているだけの税金の無駄遣いが無くなっていたので、天皇制が崩壊していたほうがよかったと私は思います。
 私の知る限り、天皇戦争責任はないと言っている人っていうのは天皇真理教信者ぐらいなものです。なぜ彼らは天皇戦争責任はないと思うのかと言えば、深い意味などなくそう思い込んでいるだけだからです。あれこれ細かい屁理屈を並べたところで全部言い訳じみた感情論に過ぎません。
 では実際にあなたが当事者だったらどうですか? 軍人が突然やってきて、鍋、釜、塗炭屋根、鐘、金、銀、ダイヤモンドなどなど略奪していき、更に「おめでとうございます」と言われて旦那や子供を徴兵されて現地で飢え死にされたり手りゅう弾自殺を強要されたりしたのです。むろん軍人は日本国内だけではなく中国でも金持ちの家を中心に略奪の限りを尽くしたわけで、自民党(当時は自由党)を立ち上げる資金を提供したと言われている児玉誉士夫なんか中国人の家に押し入り、拳銃を突き付けて民間人の財産を略奪していたなんて話は有名です。
 昭和天皇の黒い話では、GHQに女性やカネの提供をして主犯格なのに罪を免れたということが聞こえてきます。むろん当事者が話さない限り真実は闇の中ですが、主犯格が処刑されずに部下だけが処刑されたのを見ると、噂もまんざらではないと思えてしまいます。
 こんな最低最悪な行為をやったり、上記のような軍の蛮行を見て見ぬふりしていた国のトップに責任がないとする考えをあなたは支持できますか?財産を略奪され、旦那や子供の命を奪われているのに天皇だけ生き残ってしまったことに納得できますか?
 とても立ち向かえない強力な武器をかかえた軍人が家にやってきて、家じゅうの財産を全部根こそぎ略奪していく状況を想像してください。そして旦那や子供を奪い取る人身売買に等しいことをやられても戦争の主犯格の昭和天皇を許せますか?
 天皇がいなくなると日本のアイデンティティーが無くなるーーーー! なんてアイデンティティーの意味も理解できていないのに横文字を使いたがる変な人間もいるわけですが、意味を聞いても曖昧な返答しかしてくれないので聞く耳をもつ必要もありませんし、天皇がいなくなると日本人はバラバラになるとか言っていたりもするわけですが、既得権益を守りたい人間は必ずありもしない危機を煽って自己正当化してくるので無視するのが一番です。

 

皇紀2600年は本当ですか?(一問一答シリーズ58)
 A:嘘です。終了。

 で終わるのは手抜きですが、信頼できそうな資料に天皇家が2676年も万世一系で続いているなんてことはどこにも書かれていません。日本書紀に書かれているなんて言う人もいるかもしれませんが、あんなのは奈良時代に作られた神話の創作物語なので信用なんてできませんし、日本書紀もその後の支配者によって書き換えられている可能性も当然あります。
 歴史なんてものは当時の支配者によってどんどん塗り替えられているので、古い時代ほど嘘の確率が高くなるのは自明でしょう。とくに文字の記録が残っていない時代の歴史なんていくらでもねつ造できてしまうのです。

神武天皇126歳
孝霊天皇127歳
孝元天皇115歳
開化天皇110歳
崇神天皇119歳
垂仁天皇139歳
景行天皇143歳
成務天皇106歳
応神天皇109歳
仁徳天皇142歳
↑これを見てどう思いますか? 辻褄を合わせるために現代では考えられないような寿命になっています。
 じゃあいつからが天皇家の始まりなんだと言われると、はっきりしているのは奈良時代前後からだと私は思っています。むろんこれだって根拠はありません。
 よく推古天皇からはっきりしているみたいなことを言う人もいるわけですが、聖徳太子はいなかった説もあり、それなら当然推古天皇だっていたかどうかすら怪しいのです。何しろ当時は信頼できる資料など日本には存在してはおりません。
 遣隋使の小野妹子は有名ですが、その隋書の倭国伝によれば小野妹子が面談している倭王推古天皇ではなく阿毎多利思比孤と書かれているそうなので、倭王「あまたりしひこ」という人物が当時の支配者だったと思います。つまり、推古天皇ですら存在が怪しいのです。
 とすれば、一応信頼できそうな資料で見ると、皇紀は1300年ぐらいと見るのが妥当ではないかと思っています。しかし、これとて万世一系で続いたとする主張にはかなり疑問が残るわけです。
 足利尊氏建武新政(けんむのしんせい)と称して武士から土地を奪い取った後醍醐天皇を南に追いやって、一応親戚と言われている別の人物を光明天皇として天皇の座に据えたわけで、本当にこれが天皇家の血を引いているかは怪しいものです。そして後小松天皇足利義満の子供だとの噂も絶えないように、DNA検査みたいなものがない時代はどこで天皇家の血が途絶えたのかわかったものではありません。
 他にも有名なところでは明治天皇すり替え説もあるわけで、状況証拠からその説はかなり根拠のあるので、あとは天皇家は土葬なのだから海外の第三者機関がDNA検査さえやればその噂の真相ははっきりしてくるでしょう。間違っても国内の機関がやってはいけません。
 天皇家については嘘か本当か、とにかくいろいろ言われていますが、少なくとも皇紀2600年以上なんて話は、はっきり嘘と断言しておきます。