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バトシーラー日記

あまり知られていない様々な真実の知識をお届けします


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【日本版ウリナラ起源】バカジャップの中国語日本起源説を撃つ


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馬鹿「『厚顔無恥』は日本起源」→中国起源だと論破される 日本って中国文化を起源主張しすぎじゃね? [942812744]
1 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2014/10/06(月) 19:24:30.50 ID:7QmDDYYn0● ?2BP(11000)

50 番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です 2014/10/06(月) 09:28:32.35 id:bEqiT33F0
何から何まで中国のパクリのくせに
それを自覚せず中国を見下しホルホル

日本人って厚顔無恥なんじゃねーの?

61 番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です 2014/10/06(月) 09:31:49.38 id:Z0FEMZnm0
>>50
厚顔無恥」なんて日本の熟語よく使えまちたね~
必死で伝統的な日本語を勉強したのかな?w

79 番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です 2014/10/06(月) 09:36:09.09 id:BMaaImGG0
>>61
厚顔無恥
中国最古の詩集『詩経』に「巧言くわうの如く、顔の厚きや」とあり、言葉巧みに乗り切り外面を良く見せ内面の恥を隠すことを意味した。
http://gogen-allguide.com/ko/kouganmuchi.html

中国由来だよ
起源主張するな

952 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2014/10/07(火) 05:54:23.54 id:XvtIQu0A0
まぁマジレスするとネトウヨの言ってることは正しいよ
厚顔無恥とはまさにジャップのことだからな

953 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2014/10/07(火) 05:56:40.87 ID:65TufcDF0
厚顔無恥なやつって
まぶたの皮も厚そうだな

?

韓国語に溢れる「日本語由来の語彙」という毒 「全て排除すれば失語症になる。外来語って事にしよう」 [転載禁止]c2ch.net [621794405]
1 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2014/11/22(土) 17:39:29.42 id:mKA3tUi90 ?PLT(15072) ポイント特典

日本語から来た韓国語の毒から抜け出せるのか

「恋愛は個人の自由であり権利だ。社会が入り込むことではない。いっそのこと自然に尋ねてみよう。
自然はその美を求めていく人を抱き込むように恋愛する人を抱き込むだろう。
これが近代を生きていく彼の哲学だったため、彼は民主主義のために戦ったように、
恋愛のためにも彼の存在をかけて戦った」。

土曜日の朝から何を変なことを言い出すのかと思うかもしれない。
実際、クイズを出そうと例文を作ってみたのだが、下手な作文なのでよく通じるかどうか分からない。
クイズは「例文に出てきた漢字語の名詞の共通点は何か」というものだ。
すべて19世紀末以降、日本語から来た言葉というのがその答えだ。
そう言ってみると、この例文はあまりにもよく通じればむしろ問題だという気がする。

クイズの答えが事実であることを確認するには、最近出たイ・ハンソプ教授の
『日本語から来た韓国語辞典』を見ればよい。著者の数十年間の熱望と努力の産物であるこの辞典は、
1880年代以降に日本語から韓国語に入ってきた語彙3600余語が紹介されているが、
少し見るだけでも誰もが驚くはずで、言語純潔主義者なら失語症にかかるかもしれない。
我々が自分たちの言葉のように使っている数多くの漢字語が日本語から来たものであるからだ。
言い換えれば、この文章も例文だけでなく、その後に書いた部分、
そして今から続く部分も日本語から来た言葉の支配を避けることはできないということだ。
さらに重要なのは、こうした語彙が近代文物とともに入り、我々の生活で核心的な位置を掌握しているという点だ。
我々はその語彙で教育を受けたため、その語彙の磁場から抜け出すのは非常に難しい。

こうした語彙が今では韓国語に溶け込んでいるため、著者も外来語の一部と見なしてよいのではと話す。
この言葉は慎重な現実論のように聞こえるが、別の見方をすれば非常に大きな要求をするものとして
受け止めることもできる。この語彙は西洋出身の外来語とは違い、漢字という殻に覆われているため、
特別な努力なしには外来語と認識するのが容易でないからだ(それでこの辞典の役割がなおさら重要に見える)。

つづく
http://japanese.joins.com/article/079/193079.html

2 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2014/11/22(土) 17:40:16.56 id:mKA3tUi90 ?PLT(15072)

逆にこうした語彙が外来語であることを認識するというのは、
その言葉が我々の現実や歴史とどこかずれがあるという点をいつも意識するという意味だが、
これはいくらでも肯定的な契機として活用することもできる。
また、こうしたずれを意識することが、外来語や訳語、さらには翻訳全体の役割なのかもしれない。

実際、上のクイズの答えはまだ半分しか出ていないが、
残り半分は例文に出てきた漢字語の名詞が日本語でも実際に外来語と変わらないということだ。
日本で漢字を利用して西洋語彙を翻訳した言葉だったということだ。
例えば「社会」は英語でいうsocietyを翻訳した言葉で、日本では1870年代後半に定着し、
韓国ではわずか20年後の1890年代から使われた。
日本と韓国の差といえば、日本は自国の現実にないsocietyという言葉を表現するために
人間交際などさまざまな言葉を100年間ほど実験してみて社会という訳語を得たのに対し、
韓国はそのような苦闘の過程なく日本からその言葉を直輸入したということだ。
しかし言葉であっても無料であるわけではなく、漢字という共通道具の便利さはむしろ毒となることもあるだろう。
自分の空いているところに対する自意識なく持ってきておいて、実際に消化できない言葉に悩まされ
見当違いする経験が実際どれほど多かったのだろうか。

柳父章の『翻訳語成立事情』は日本で重要な西洋書を翻訳した過程を記録した本だ(例文はこの本で扱った言葉を利用)。
この本を通じて、ある人たちが胸に刻んで死んだりもした言葉が
実は日本の翻訳語を輸入したものだという事実を初めて知った時に受けた衝撃が今でも忘れられない。
この本の左側に西洋語彙の歴史を扱ったレイモンド・ウィリアムスの『キーワード』を置き、
右側に『日本語から来た韓国語辞典』を置けば、何か流れがつかめる感じもする。
たとえば70年代のある日、丸坊主に黒い制服を着た学生が市内の真ん中で大きく掲げた
「韓国的民主主義の土着化」というスローガンを見て感じた空虚と不調和も、その流れの中で少しは解明されるのではないだろうか。

?

日本語から中国語抜いてみようぜ!

ジャップ語と言っても中身は欧米の概念でガワは中国の文字なんだから別に気にすんなよ


>>2
百発百中という言葉が中国でできてそれをジャップが輸入しただけだが?


最近の2020年東京オリンピックのエンブレムの件といい、つくづくジャップランドはパクリと起源捏造が国技の国だな。
パクリ民族日本人であることが死ぬほど恥ずかしい><

?

中国語起源説[編集]
飯野睦毅は中国語の上古音の語末尾に母音を付加することで、日本語語彙が成り立つとした。例えば「考える(かんがふ)」は「勘合[k?m ??p]」、「拐(かどわ)かす」は「拐(guad)・惑(?u?k)」、「怪(あや)しむ」は「妖(i?u)・審(?im)」が訛ったものであるとした。この際、漢語が日本語の動詞になる時、語尾が「p」の語は「ハ行」活用、「m」の語は「マ行」活用になったとし、日本語の動詞の活用に各行の別があるのはここに由来するとしている[31]。
東夷語説[編集]
フィンランドの、ユハ・ヤンフネンは、先日本祖語(Pre-Proto Japanese)がシナ語派と同様の類型論的特徴(単音節の声調言語)を持っており、山東半島近くの沿岸にいた東夷の一種の言語であったが、朝鮮半島に侵入して、そこで高句麗語のような言語と接触してアルタイ語的な類型論的特徴を獲得した後、九州から日本に入ったという仮説を提出している[32]。

?

1 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2014/07/16(水) 15:13:11.38 id:Ub08M6410 ?2BP(1000)

ネトウヨがばらまいてきたデマ一覧

・韓国の食糞・嗜糞文化→捏造
・韓国の諺一覧→歪曲と捏造
・試し腹→捏造・日本のものでした
・病身舞→歪曲
火病→嘘情報・勘違いしている人多し 
恨の精神→嘘情報・勘違いしている人多し
・在日の兵役→捏造
・韓国の起源主張→歪曲・誇張
・FuckZapanが二位→捏造・醜い韓国人の著者・朴泰赫→実は韓国人の偽名使った日本人でした
・有名人の朝鮮人認定→ほとんど嘘
・有名人の嫌韓発言→ほとんど嘘
在日特権→捏造(在特会が特権は無いと認めてしまう)
街宣右翼は在日が国粋主義のイメージを落とす為に→捏造
朝鮮進駐軍→捏造
・太平洋戦争はアジア解放のため→建前・開戦後
・フィリピン・インドネシアの人は感謝している→捏造
パラオの国旗は日の丸が元→捏造。製作者が否定
日露戦争勝利を祝う欧州諸国のエピソード→捏造
・韓国人は世界中から嫌われている→捏造。ソースなし
・韓国は半万年ずっと属国の奴隷民族→嘘
・韓国は併合を請願してきた、しかもこちらが文明化させてやった→建前
・韓国人の多くは朝鮮戦争が起こったのは日本のせいだと思っている→捏造。ほとんどはアメリカだと知っている・親日法→捏造。そんなものはない
ゆとり教育を主導した日教組→嘘。自民党
・戦後日本では一貫して自虐教育を行ってきた→嘘
・諸外国では愛国教育・国旗国歌は当たり前・国民が自国を愛するのは当たり前→嘘

「人民」は和製漢語ではない?~ニワカ氏vs韓愈氏~
以前「悦にはいる」で大激論を交わした"ニワカは相手にならんよ"さんと"カワイ韓愈ドロップ"さんの激論再び!

発端
若林宣さんと瀬川深さんと会話していたときのニワカさんのtweet

ニワカは相手にならんよ @niwakaha 2014-06-08 13:28:27
その理屈がなりたつなら、「中華人民共和国」の「人民」も「共和国」も、そして「共産主義」も日本人が考えた熟語だから「チウ国人は日本に足向けて寝るな」となりますよねー
RT@okakuma1 例えばお寺にお参りしている人に対して「インドに足を向けて寝るな」と言っても変人と思われるだけ
本編
韓愈さんがこれに噛み付きました。

カワイ韓愈ドロップ @kawai_kanyu 2014-06-08 21:01:00
↓な、ネトウヨ系って本当にバカしかいない。用例出典くらい調べろってんだよ。以前、月形某というバカにもこれを指摘したらヘドモド言い訳しやがった / 「人民」が和製漢語というデマ - 枕流亭ブログ (id:nagaichi) d.hatena.ne.jp/nagaichi/20111…
佐々伸也(Jagdhund) @geshtamjump 2014-06-09 16:11:18
和製漢語には古典から再利用した単語も含まれるんやで、試しにググってみな。
RT“@kawai_kanyu: ↓だからネトウヨってバカなんだな。福沢諭吉がpeopleを人民と訳したのと、それ以前から人々の意味で中国文献に出てくる『人民』のどこが和製漢語だっちゅう話で。
ニワカは相手にならんよ @niwakaha 2014-06-09 12:26:34
相変わらずいつものカワイ肝油君が僕のツイートをRTして「人民が和製漢語ってデマなのにネトウヨプギャー」してたけどさ、リンク先みると、〈「人民」は古い漢籍に腐るほど用例があるよ〉ってだけ。あのさ、和製漢語ってリサイクルも含むんだけど pic.twitter.com/J0g2bkImek

ニワカは相手にならんよ @niwakaha 2014-06-09 12:31:02
このリンク先d.hatena.ne.jp/nagaichi/20111…は旧い用例から「wikiの人民が和製漢語はデマ!」といってるんだが、そのwikiには「古くから例があるが、特に幕末以降、西欧由来の新概念などを表すために翻訳借用」とも書いてあるわけで、旧い用例いくら指摘しても意味ないんだよね
ニワカは相手にならんよ @niwakaha 2014-06-09 12:38:56
和製漢語とは「日本で創生されたもの」(経済、哲学、物理)、「リサイクル→意味が翻訳概念」(社会、民主、人民)、「接辞語を付加したもの」(西洋式、生産力、可能性)の大きく三種類なんだよ。
で、「人民」は古事記にもでてくるが、明治期にpeopleの翻訳として広く使われるようになった。
ニワカは相手にならんよ @niwakaha 2014-06-09 12:49:23
大日本帝国憲法が「臣民」という言葉を使ったため、逆に「人民」は権力者から自由のような印象を与え、自由民権運動とかで使われ、やがて1930年頃には封建主義やファシズムへ抗うもの→左翼専用用語のようになった。今では漢字圏の共産主義国家がこぞって使ってる。1949年中華人民共和国建国。
くれど @junksai5 2014-06-09 12:58:30
@niwakaha  漢文って 文脈で読むものですよね 用例あげてもね? 時代によって 言葉の解釈の変化はありますよね
ニワカは相手にならんよ @niwakaha 2014-06-09 13:32:39
ですね。福沢諭吉らがpeopleを「人民」と訳したことも知らず、意味もわからず、「中国古典に用例がー」とかいわれても、やれやれ、です。
日本人発案の共和国の「共和」だってチウ国の元号にちなんじゃいますけどね
RT@junksai5漢文って 文脈で読むものですよね 用例あげてもね?
カワイ韓愈ドロップ @kawai_kanyu 2014-06-09 15:37:43
↓だからネトウヨってバカなんだな。福沢諭吉がpeopleを人民と訳したのと、それ以前から人々の意味で中国文献に出てくる『人民』のどこが和製漢語だっちゅう話で。
この手のバカのネトウヨは、日本起源説を毎度言い出すが、なんでも韓国起源にしちまうあっちの国と心性は同じだな、といつも思う
カワイ韓愈ドロップ @kawai_kanyu 2014-06-09 15:49:40
@kawai_kanyu 漢文脈とかいってやがるこのバカども。ejje.weblio.jp/content/people peopleの意味で使用されてる用例をいくらでも挙げてやる。
ほしの @itchy_atopy 2014-06-09 16:40:18
@hyou__bot @geshtamjump @kawai_kanyu
ニワカさんは『「中華人民共和国」の「人民」は日本由来の熟語』って言ったんだから、『○○だから、例え日本で「人民」が台頭しなくても、「中華人民共和国」という名だったろう」でないと反論にはならないですよね。


ウヨ界隈が言ってる現代中国語の大半が和製漢語とかいうネタってなんなの?

漢字が中国起源という現実からは
色んなことで発揮されるネトウヨジャップの
異様な妄想力を駆使しても絶対に逃れられないので
漢字の中でもジャップ起源のものが大量に使われてるという愛国オナニーで
なんとか精神を安寧に保とうとしてるんだよ

まあ逆輸入だからどっちにしろ中国語なんだけどね
西洋の概念をわかりやすく漢字で説明する手間が省けたのは多少助かっただろうけど

6 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2015/01/29(木) 22:19:12.29 id:TL58bc8O0
一を聞くと十と勘違いする人種

7 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2015/01/29(木) 22:19:21.53 ID:8sXqbnpt0
ジャップが中華文明圏の一部族に過ぎないって受け入れがたいよね

8 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2015/01/29(木) 22:19:25.29 id:kz2hUAJ+0
>>1って俺も信じてたんだけどデマだったの?

9 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2015/01/29(木) 22:19:53.76 id:ZmqFiU8H0
>>8
デマだよ

英語の意味を漢字に当てたとか言う主張にしたって中国の開国は日本より四半世紀早いんだが…

日本が翻訳するまで中国には英訳が無かったとかありえんわ

12 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2015/01/29(木) 22:22:24.80 id:LofFGG+10
日韓併合に関して当時文字も持たなかった未開の国家に読み書きと文字を広めたのは日本なんだから感謝しろって言うウヨをよく見かけるけどさ
そういう人達は中国語に感謝してるのかな
平仮名もカタカナも漢字が崩れて出来た文字だしその漢字が大陸発祥なんだから日本こそ文字を持たない未開国だったんじゃないの

逆だろ
早い段階で漢語を輸入したせいで
難しい概念を表す和語が存在しないの間違いです

今俺「逆」って書いたけどこれも漢語

15 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2015/01/29(木) 22:24:13.05 id:kz2hUAJ+0
>>9
>>5のように、欧米の概念などを中国に元々ある言葉に置き換えたのを
東アジアで一番多く取り組んだのが日本人である、という認識なんだが。
それがデマなの? やっぱり中国人が一番取り組んでたの?
それとも中国では中国のそれらに対する言葉が使われてるの?

日本人が一から全ての言葉を作ったとかいうのは論外というのはわかるけど

 

>>15
日本が鎖国してた時代に中国では英中辞典や蘭中辞典が作成されてる
日本が英日辞典作成に取り掛かったのは幕末期

18 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2015/01/29(木) 22:26:55.30 id:RZ1pHUiG0
日本人が考えだした「的」の用法も現代の中国に広まっている!ホールホルホルッww

ってな感じの文章なら中学か高校の教科書で見た覚えがあるな
さすがは起源を気にする東朝鮮人


むしろ面白いのは
日本が外来語をカタカナでそのまま受容してしまった語の中国語表現だな
中国語にはカタカナなんか無いから全部漢字で表さないといけない
だからコーヒーとかコカコーラとかも漢字
日本を経由してないからこれは日本人が文字見てもだいたい理解できない


>>13
近代語というと、室町以降の日本語ですかなw

近代中国が西洋語の訳語を日本から摂取したのは事実だが
「近代語は全部」などと言おうものならでっけえ間違いだろう

中国語に入った日本語は千語程度であると陳生保が述べている
http://www.nichibun.ac.jp/graphicversion/dbase/forum/text/fn091.html

 

まだあるぞ

英華字典 - 清泉女子大学
http://www.seisen-u.ac.jp/lib/books/tenji/eika.htm
  ロプシャイト『英華字典』(English and Chinese Dictionary)
                    本学言語教育研究所教授 今野真二
 この『英華字典』をもとにして津田仙、柳沢信大、大井鎌吉合訳、
中村正直校正『英華和訳大字典』(明治12 1879年刊)が出版され、また他の辞書も併せながら、
羅布存徳(ロプシャイト)著、井上哲次郎訂増『増訂英華字典』(1883~1884年刊)も出版されている。
他にも、明治6(1873)年に刊行された柴田昌吉、子安峻『[附音/挿図]英和字彙』の編纂にも大きな影響を与えたこと、
また中村正直訳『西国立志編』や『自由之理』、西周訳『利学』などの訳語に影響を与えていることも指摘されており、
明治初期の翻訳書、英和辞書の研究には必見の重要な資料と位置付けられているが、
『英華字典』を中心に据えた分析は今後の課題といえるかもしれない。

 

はじめに
  「共産党 幹部 指導 社会主義 市場 経済」 という文は、すべて日本製漢語語彙でできているといったら、こ れらの語彙をさかんに使っている普通の中国人は信じかねるだろうし、これらの語彙の原産地の日本人も、たぶん半信半疑だろうが、しかし、それは事実である。私が十年前にこれまでの先行研究をふまえてまとめた「中国語の中の日本語」 は、その間の消息を伝えている。
  現在、日本語は毎年一万語(その多くは音訳による外来語だろうが) のペースで新語が増えているそうである。ところが、二千年の長きにわたって中国語の中に入った外来語は、たったの一万語にすぎない。そして、そのほぼ一割に当たる千語の外来語は、日本製漢語語彙なのである。
  千語ぐらいといえば、多くはないと思われるかもしれないが、しかし、ほかの九割には 「仏陀」 など、仏教からの外来語が多く、死語に近いものがかなりあるし、日本語来源の語彙のほとんどは現代生活に欠かせない基本的概念であり、使用頻度の高いものであり、しかも造語力のあるものが多い、ということを考えると、現代中国語における日本来源語の影響が非常に大きいといわねばならない。
  「中国語の中の日本語」 は最初は雑誌 「カルチャー千葉」 (八七年冬、第十四号)に発表されたが、のちに日本国際交流基金の英文誌 「The Japan Foundation Newsletter」 (八八年四月号) に転載されたことがある。それからほぼ十年間立っている。この十年間の間にも少なからぬ日本製漢語が中国語の中に導入されている。例えば、[カ]拉OK(カラオケ)、通勤、放送、民宿、物業、福祉、営業中、単身貴族、日本料理などがそうである。
  今回(九六年十二月十七日)、日文研第91回フォーラムとして私はまたこの 「中国語の中の日本語」 の話をした。発表の場所が京都市内から急に交通の便の悪い日文研に変わったし、その日はあいにく雨が降っていて、肌寒い日だった。常連の聴衆もたぶんあまり来てくれず、十数人も集まればいいと、コモンルームで当フォーラムのコメンテーターの芳賀徹先生と話合っていた。ところが、教室に入っていったら、意外に満員だった。日文研研究協力課が後でまとめた報告によると、参加者はいままでの平均を上まわる九一人あり、西京区の住人はその一割にも満たず、聴衆の多くは、遠路はるばる滋賀県京都府大阪府から来たのである。このことは中日文化交流に寄せる日本の一般民衆の関心の高いことを示しているかと思われる。
  発表が終わって教室の廊下で、ある年配の方が私にこう話してくれた。「私たち日本は中国からたくさんのものをいただいた。陳先生のお話で、日本も恩返しとして千語ぐらいの言葉を中国にさしあげていることを知り、ほっとした。とてもうれしかった。」これはおもしろい話だなと、私は、心に微笑を禁じ得なかった。この方の感想はあるいは聴衆たちの共通の気持ちをあらわしたものかも知れない。
  しかし、実際のところ、国際的交流の場合、先進国から後進国へ伝っていくものが相対的に多いということは、一般的な法則だと思われるが、しかし、それは決して一方通行にはならず、お互いに利益になるところがあると思う。中日両国は一衣帯水の近隣であって、大昔から交流がさかんであった。古代においては、主として日本が中国に学んだが、近代になると、中国が日本にいろんなものを学び取った。「中国語の中の日本語」は、その一例に過ぎないのだろう。そして今は中日交流の新時代に入り、第三のピークを迎えてお互いに学び合っているのである。中華料理がどんどん日本の家庭に進出し、カラオケが中国の都会で大流行していることはそのあらわれだといえよう。
  ところで、私の発表が終わってまもなく、当フォーラムの司会者であり、日文研研究協力専門官の臼井祥子先生から、聴衆からの希望もあり、発表の記録としてもぜひ小冊子を刊行したいというご要望があった。私は喜んでそれに応じることにした。一つは時々友人からほしいといわれて、その都度その都度コピーをしなければならなかったが、小冊子ができると、その手間が省ける。二つは私の日文研での記念にもなる。もう一つはもっと大事なことだが、日本の皆様が拙文で中日文化交流の一端を知るのに役に立つことができれば、さいわいだと思うからである。それで、この 「はじめに」 をつけるとともに、もとの文章をすこし訂正、補足した上で関係の方に手わたした。ただ、印刷上の便宜を図って、文章中に出てくる中国語の用例は中国現行の略字を使わず、日本現行の漢字で間に合わせた。この点、読者の承諾をお願いする次第である。

陳 生保
一九九六年師走
日文研ハウス301室にて

一、日本留学ブーム
 日本語のなかに古代の中国語から来た語彙がいっぱいある。それと同じように、現代中国語にも日本語がたくさん入って住みついている。これらの日本語は十九世紀の末ごろから中国語のなかに入ったのである。
  清の末期、中国の国勢が急速に衰えた。特に鴉片(あへん)戦争以後、中国は各列強の侵略の対象となり、次第に半ば殖民地化していった。中国人は亡国の危機感に襲われ、愛国の志士たちは、痛ましい現実に目ざめて、国を救う道をさがし求めていた。隣国の日本が明治維新後まもなく資本主義の軌道に乗るようになったのを見て、康有為梁啓超を代表とする中国の一部のインテリが、中国も日本に倣って維新することを主張し出した。一八九八年に起こった戊戌変法(ぼじゅつへんぽう)は、ほかでもなく日本の明治維新の影響によるものだったのである。戊戌変法は結局失敗に終ったが、その指導者の一人である梁啓超が日本に亡命し、横浜で新聞 『清議報』 と雑誌 『新民叢報』 を出版し、続けて中国の維新を鼓吹した。そして、彼の新聞、雑誌には日本の事が盛んに紹介され、日本語の語彙がたくさん使われていた。梁氏はまた 『日本語を学ぶ利益を論ず』 という文章をしたためて、中国人に日本語を学び、日本の本を読むように呼びかけたのである。
  第一陣の中国留学生が日本入りしたのは、一八九六年のことで、十三名だった。それが年とともに増えた。

例えば 一九〇一年  二八〇名
     一九〇四年  一三〇〇名以上
     一九〇五年  八〇〇〇名

 統計によると、八千名は最高記録だったがこうした日本留学ブームは一九三七年の、中国に対する日本帝国主義の全面的な侵略戦争の爆発まで続いた。一九三六年六月一日当時の在日中国留学生は五八三四人だったが、戦争開始後、みな中国に引き揚げた。一八九六年から一九三七年までの足かけ四十二年の間における中国人の日本留学生の数は、合わせて六一二三〇名に達している。そのなかで学校を卒業したものは一一八一七名である。
  当時の中国では、西洋への留学生も多かったが、なにしろ日本は距離的に近いし、西洋より生活費が低いし、風俗習慣も似ているから、日本に留学する人が特に多かった。そのほかにいわゆる 「同文同種」 というのも、大きな原因となっていたようである。「同文」 といっても、もちろん中国語と日本語がまったく同じ言葉だという 意味ではなく、中国も日本もみな漢字を使っているということだろう。しかし、それにしても、明治時代の日本語には実にたくさんの漢字が使われていた。「てにをは」 などの助詞をのぞいては、名詞、動詞、形容詞はいうまでもなく、副詞などもほとんど漢字で綴られているので、中国人には親近感を与えるばかりでなく、とても便 利だった。梁啓超は 『日本語を学ぶ利益を論ず』の中で次のようにいっている。

「日本語が話せるようになるには、一年間かかるだろう。日本の文章が書けるようにするならば、半年でけっこうである。日本文が読めるだけで良ければ、数日でいちおう出来、数ヶ月で十分である。」

 つまり日本語は速成できるという。そして当時の中国留学生によって 「和文漢読法」 という日本語の速成法が発明された。それは 「同文」 という利点を生かしながら、中国語と日語の相違点に力を入れるという学習法とでも言えよう。文法的に見て、日本語が中国語といちばん違っているところは、二つある。一つは、いろんな語に付けたして文における語の身分と意味を決定する日本語の助詞・助動詞が中国語にはないということ。もう一つは、日本文における動詞と客語の語順が中国語のそれと正反対だということ。したがって、助詞、助動詞などの働きを勉強した上で、文の中の主語を見つけ出し、文の終りにある動詞を見つけ出し、動詞の上にある客語を見つけ出して、頭の中で中国語の語順におきかえれば、大体の意味がつかめるわけである。このような、いわゆる 「和文漢読法」 は、日本人が漢文を読むとき、「返り点」 を使ったり、「てにをは」 を付けたしたりするのと、共通点があるかと思う。
  余談だが、中国では英語を学ぶ人口は一番多いが、二番目は日本語である。日本語を勉強する動機もいろいろあるだろう。しかし、日本語の中に漢語がいっぱいあるから、学びやすいと思う人も少なくないようだ。特に大学で第二外語として選ぶ場合は、そういう傾向が強いように思われる。小生が日本で二年間中国語教育にたずさわった経験から見て、日本の大学生も同じ動機で中国語を第二外語として選ぶケースが少なくないように見える。しかし、中国語と日本語はたいへん異質な言語である。中国人も日本人も相手国の言葉を勉強して行くうちに、だんだんとその難しさを思い知らされるのが常である。そういう意味では上述の梁啓超氏の見方はやや皮相的なものだといわねばならない。

二、日本書の翻訳ブーム
 大勢の中国留学生が日本に来た。彼らはみなはっきりした使命感を持っている。それはつまり明治維新後の日本に学ぶと同時に、日本を通じて西洋文明を祖国に紹介するということである。したがって彼らは短期間の速成的日本語教育を受けたのち、ただちに日本書の翻訳に取り組み、それを日本でまたは中国国内に送って出版した。中国国内でも日本書の翻訳ブームが起きていた。当時翻訳された書物は政治、経済、哲学、宗教、法律、歴史、地理、産業、医学、軍事、文学、芸術など、マルクスエンゲルスの 『共産党宣言』(注) から川口章吾の 『ハーモニカ吹奏法』 まで、社会科学と自然科学のあらゆる分野にわたっている。一九四五年日本国際文化振興会によって出版された実藤恵秀氏の 『中訳日文書目』 によると、合計二六〇〇点あるそうだ。当時留学生たちは翻訳の組織をつくり、「譯書彙編』 や 『游学譯編』 などの雑誌を出版し、単行本を出版した。日本の中学 校の教科書をかたっぱしから訳すという 「教科書譯輯社」 という団体までできていた。留学生の翻訳事業が起ると、それを出版するための出版社もいろいろできた。日本には梁啓超関係の広智書局、湖南留学生による湖南編 譯社、福建留学生による[びん]学などがあった。中国では最大の出版、社商務印書館もたくさんの訳書を出版した。
  文学、芸術関係の訳文、訳書を例に見てみよう。一八九八年、中国の維新をめざす戊戌変法が失敗したあと、梁啓超は、秘密裡に日本の軍艦に乗って日本へ亡命する途中で、東海散士の 『佳人之奇遇』 という政治小説を訳した。これは日本の近代文学が中国に紹介されるスタートであった。それから一九四八年新中国が成立する前夜まで、約五十年間のあいだに日本から中国語に訳された小説、戯曲、文芸理論などをふくめて単行本だけで二五九点あり、新聞や雑誌に発表された訳文は五一一編に達している。訳された作者の名前を見ると、ほとんど当時の日本文壇で活躍した作家を網羅した観がある。たとえば武者小路実篤のものは、はじめ魯迅が 『ある青年の夢』 を訳し、中国の読書界に歓迎されたため、十数種の作品が訳された。そして上海は訳書出版の中心地だった。

《注》=中国で最初に出版された『共産党宣言』は、日本語版から翻訳されたのである。訳者は、今は亡き元上海復旦大学学長・陳望道氏である。

三、日本語が中国語の中になだれ込む
 おびただしい日本の本が中国語に訳され、出版される一方、他方では留学生たちが日本書を読んだ影響で自分の文章にたくさんの日本語を引用した。そのほかに当時の日本は中国、とくに上海で多くの新聞・雑誌を刊行していた。こうして大量の日本語が中国語のなかにどっと入りこんだ。もちろん日本語といっても日本語の語彙が主で、表現法も少々入った。
  一九一九年の 「五四運動」 前後の中国は激動のさなかにあった。中国語の書きことばも古代漢語だったところから、いわゆる白話文 (話しことば) を主とする現代漢語へ脱皮する時期だった。「五四」 以後の中国文壇の作家の多くは日本留学生だった。中国新文学運動の主将である魯迅をはじめ、郭沫若、郁達夫、田漢、夏衍など、たくさんいた。まさに今は亡き郭沫若氏が一九五五年中国学術代表団の団長として来日した時、早稲田大学で行った講演で述べているように、「中国文壇の大部分は日本留学生がつくりあげたのである。創造社の主要な作家は日本留学生であり、語絲派も同様である。……中国の新文芸はすっかり日本の洗礼を受けている」。こうした日本留学生出身の作家たちは好んで、自分の文章、作品のなかに日本語の語彙や表現法を借りて使った。魯迅は大文豪であり、中国新文芸のリーダーであった。彼は青年時代、日本に留学し、はじめは東京の弘文学院で日本語を学び、のちに仙台の医学専門学校で医学を勉強した。魯迅は古い中国語ではもう不十分だから、外国語から必要なことばをどんどん取り入れるべきだと強く主張した。彼の作品は、内容から見てもことばから見ても非常に中国的であるが、しかし、彼の文章にも日本語からとり入れたことばが少々ある。例として 「万年筆、日傘、人力車、定刻、構想、直面、車掌、残念、夕方、丸、時計、名所、写真」 などが挙げられる。
  大量の日本語が中国語のなかに入ったことに対し、中国人のなかには、賛成する人もあれば、反対する人もあった。梁啓超は賛成派である。彼は自分の文章のなかでたくさんの日本語を使った。それでも彼は日本人がつくった 「経済」 と 「社会」 という二つの訳語がどうしても気に入らず、別のことばでそれにとってかわるべきだと強く主張した。当時もう一人の翻訳大家の厳復は、西洋語を直接に音訳するか、または中国の古典の書物からそれ相応の、あるいは近い意味のことばを見つけ出して訳語として使う方が良いと主張した。さらに日本からことばを輸入することに断乎反対する人もいた。例えば、彭文祖がその一人である。彭は日本留学生で、一九一五年に 『盲滅法な新語』 という本を出版した。その中で彼は日本からの新語の導入のことを 「民族の存亡と係りある大事だ」 とし、日本語の大量導入を 「恥知らずな行為だ」 と罵り、「そういう人たちの首をばっさりと一刀の下に切ってしまいたい」 とさえ言った。
  さて、はじめのころは、日本の訳語と厳復らがつくった訳語が共存した。例をあげてみよう。
  「Economics」 という英語は日本語で 「経済学」 と訳されているが、それにはとても抵抗を感じたようである。なぜなら 「経済」 ということばはもともと中国の古語であり、「経世済民」 の意である。「経世済民」 とは世の 中を治め、人民の苦しみを救うことである。現代語におきかえるならば大体 「政治」 という語に相当するからである。現に竹下登前首相の 「経世会」 は 「経世済民」 という言葉をふまえたように思われる。いうまでもなく、それは政治家のグループであって、経済の組織ではない。そのため厳復は 「計学」 と訳し、梁啓超は 「資生学」 または 「富国学」 「平準学」 という訳語を使った。ちなみに 「平準」 は 『史記』 に出ている言葉で、物の安いときに官が買い入れ、高いときにそれを売り出して物価を調節する制度で、前漢武帝に始まる。そのほか 「哲学」 (Philosophy) は 「理学」 「智学」 と共存し、「社会学」 (Sociologie) (仏語) は 「群学」 と共存した。そのほか挙げてみよう。

物理学-格致学 地質学-地学 砿物学-金石学 雑誌-叢報
社会-人群 論理学-名学 原料-天産之物 功利主義-楽利主義

 ところが、厳復らの自作新語の大部分は、日本の訳語ほど良くなかった。というのは、かれらの訳語は古典から来たものが多くてわかりにくかったため、流行しなかったからである。今からふりかえってみれば、厳復らのやりかたには、そもそも無理があった。ことばは社会実生活の反映である。中国語に入った西洋の新語はもともと中国社会になかった事物である。古い中国語からそれ相応の語をさがし出すのは、なんといっても無理な話である。ない袖が振れぬとはこの事だろう。したがって日本の訳語と厳復らの訳語が一時期共存はしたが、結局の ところは日本訳語の勝ちとなり、厳復らの訳語は、姿を消してしまった。のちに梁啓超も 「経済学」 「社会学」 ということばを使わざるを得なくなった。当時、日本の訳語を借りて西洋の新語を導入することが逆らうことのできない趨勢だったといえよう。今では 「経済、社会、哲学」 などの日本訳語はもうとっくに現代中国語のなか に住みつき、帰化している。それが日本からの外来語だということを、ほとんどの中国人はもう知らないのであり、「計学、資生学、群学」 などのことばが昔 「経済学、社会学」 と共存した事実はなおさら知らないのである。日本語が中国語のなかになだれこむ背景には、中国が西洋の新語を積極的に輸入する事情があるほかに、当時日本における新語のつくり方にも原因がある。当時の日本では、西洋の新語を訳すとき、少数の音訳をのぞいて大部分は意訳をしていた。しかも音訳であろうと、意訳であろうと、みな漢字を使っていた。特に意訳の場合は、ちゃんと中国語の造語法のルールを守ってつくられた。具体的には次の通りである。

一、修飾語+被修飾語   
   (1) 形容詞+名詞
     例=人権 金庫 特権 哲学 表像 美学 背景 化石 戦線 環境 芸術 医学 入場券 下水道公証人 分類表 低能児   
   (2) 副詞+動詞
     例=互恵 独占 交流 高圧 特許 否定 肯定 表決 歓送 仲裁 妄想 見習 假釈 假死 假設  
二、同義語の複合
     例=解放 供給 説明 方法 共同 主義 階級 公開 共和 希望 法律 活動 命令 知識 総合 説教 教授 解剖 闘争  
三、動詞+客語
     例=断交 脱党 動員 失踪 投票 休戦 作戦 投資 投機 抗議 規範 動議 処刑  
四、上述の語による複合語
     例=社会主義 自由主義 治外法権 土木工程 工芸美術 自然科学 自然淘汰 攻守同盟 防空演習 政治経済学 唯物史観 動脈硬化 神経衰弱 財団法人 国際公法 最俊通牒 経済恐慌
 要するに、日本人は西洋のことばを日本語に訳すとき、漢字を使って中国語の造語法の法則にしたがって訳語を苦心惨憺してつくったと言える。特に第三の 「動詞+客語」 の造語法は日本語にはもともとないばかりか、日本語の文法とは正反対である。こうしてできた日本の訳語が大量中国語のなかに入っても、中国人はちょっと見知らぬことばだなと思うことがあったかもしれないが、あまり違和感を持たなかったにちがいない。まるで日本生まれ日本育ちの華僑の人が中国に帰国したようである。もしも当時、戦後の日本のように外来語は全部片仮名の音訳で片づけてしまうならば、日本語の中国語への大量進出はありえなかっただろうと思う。
  日本語が中国語に入る時から定着までは1つのプロセスがあった。最初は中国人になじみがないので、そういう語に注釈がつけられたりした。梁啓超の文章から一、二例を挙げてみよう。   

(1)「今西人製造物品之原料 (即天産之物)……」                
(2)「希臘(ギリシャ)之地形半島也 (三面環海、一面連陸者謂之半島)。」
 またもっぱら日本語から新語を収集する語彙集や辞書類も多種類出版された。第一陣の留学生が来日する一八九六年から新中国が成立する一九四九年まで、五十年あまりの歳月が過ぎたが、日本からの新語はもうすっかり中国語のなかにとけこんだと言える。

四、日本来源の語に対する研究
 清の末期、日本留学ブームがでてから、日本語の語彙集、辞書類、教科書などが数多く出版されたとはいえ、中国語の中の日本語に対する研究が本格的に行われるようになったのは、新中国になってからである。つまり中国語の規範化と文字改革を進めるために、中国語の中の外来語を今後どうするかという問題に直面したのである。そのためにはまず中国語の中の外国語の状況を明らかにする必要があった。一九五八年、中国の有名な言語学者高名凱・劉正王炎の 『現代漢語の中の外来語研究』、王立達の『現代漢語中日本語から借りて来た語彙』 を皮切りに、中国語の中の外来語が研究され、一九八四年には『漢語外来語辞典』 が出版された。次に、私が読んだ範囲で今までの研究成果をまとめて報告しよう。
  まず数のことだが、日本語の語彙がどれくらい中国語に入っているのか。学者によって統計の数字が少し違うし、中国元来の語または中国人が作った訳語か、それとも日本でできたものか、区別のつかない語も一部あるが、大体千語ぐらい入っている。『漢語外来語辞典』 には、一万あまりの外来語が収められているが、それは二千年ぐらいの間に中国語に入った外来語全体である。数からいえば日本語は約一割を占めているに過ぎないが、しかし、総数一万あまりの外来語には、遠い昔ぺルシャ (現在のイラン)、印度及び西域から入った 「獅子、葡萄、琵琶」 などの語のほか、「仏陀」 などの仏教用語がたくさんあり、その多くはもう死語か、あまり使わない語になっている。それに対し、日本語は最近五十年間にどっと入ったものだし、ほとんどは常用語として中国語に定着している。
  第二に近代になって中国語に入った新語のほとんどは日本語からである。西洋から直接入ったものもすこしあるが、それは全部名詞であり、しかも現在あまり使わないものが多い。日本語から入ったものは、名詞だけでなく、動詞もある。例えば 「服従 復習 支持 分配 克服 支配 配給」 などがそうである。また、自然科学や社会科学の基本概念も多くは日本語から来ている。例えば 「哲学 心理学 論理学 民族学 経済学 財政学  物理学 衛生学 解剖学 病理学 下水工学 土木工学 河川工学 電気通信学 建築学 機械学 簿記 冶金 園芸和声学 工芸美術」 など。
  第三に、日本来源の語は、現代中国語における使用頻度が非常に高い。一九六〇年、中国の『文字改革』という雑誌に『二音節基本語の出現頻度統計表』 が載っているが、それは中国で広く読まれている刊行物 『紅旗』『人民日報』『光明日報』及び高校の国語教科書などを対象に調査した結果である。それによると、二二八五の二音節基本語のなかで出現頻度五〇〇以上の語は八八語あるが、そのうち日本語から来たものは二八語 で、三一・八%、およそ三分の一を占めているというわけである。
  第四に日本来源の語は、常用語としての名詞、動詞、自然科学と社会科学の基本概念ばかりでなく、造語の力を持つ接尾語のような語が二三もある。これらの語は現代中国語で幅広く活躍している。各々例を挙げてみる。

(1) 化-一元化 多元化 一般化 公式化 特殊化 大衆化 自動化 電気化 現代化 工業化 民族化 科学 機械化 長期化 口語化 理想化   
(2) 式-速成式 問答式 流動式 簡易式 方程式 恒等式 西洋式 日本式 旧式 新式   
(3) 炎-肺炎 胃炎 腸炎 関節炎 脳炎 気管炎 皮膚炎 肋膜炎   
(4) 力-生産力 消費力 原動力 想像力 労動力 記憶力 表現力 支配力   
(5) 性-可能性 現実性 必然性 偶然性 周期性 放射性 広泛性 原則性 習慣性 伝統性 必要性 創造性 誘惑性   
(6) 的-歴史的 大衆的 民族的 科学的 自然的 必然的 偶然的 相対的 絶対的 公開的 秘密的   
(7) 界-文学界 芸術界 思想界 学術界 金融界 新聞界 教育界 出版界 宗教界 体育界    
(8) 型-新型 大型 中型 小型 流線型 標準型 経験型   
(9) 感-美感 好感 悪感 情感 優越感 敏感 読後感 危機感   
(10)点-重点 要点 焦点 注意点 観点 出発点 終点 着眼点 盲点   
(11)観-主観 客観 悲観 楽観 人生観 世界観 宇宙観 科学観 直観 概観  微観 (ミクロ)  宏観 (マクロ)
(12)線-直線 曲線 抛物線 生命線 死亡線 交通線 運輸線 戦線 警戒線   
(13)率-効率 生産率 増長率 使用率 利率 廃品率 頻率   
(14)法-弁証法 帰納法 演繹法 総合法 分析法 表現法 選挙法 方法 憲法 民法 刑法   
(15)度-進度 深度 広度 強度 力度   
(16)品-作品 食品 芸術品 成品 贈品 展品 廃品 半成品 記念品   
(17)者-作者 読者 訳者 労働者 著者 締造者 倡導者 先進工作者   
(18)作用-同化作用 異化作用 光合作用 心理作用 精神作用 副作用   
(19)問題-人口問題 土地問題 社会問題 民族問題 教育問題 国際問題   
(20)時代-旧石器時代 新石器時代 青銅器時代 鉄器時代 原子時代 新時代 旧時代   
(21)社会-原始社会 奴隷社会 封建社会 資本主義社会 社会主義社会 中国社会 日本社会 国際社会
(22)主義-人文主義 人本主義 人道主義 自然主義 浪漫主義 現実主義 虚無主義 封建主義  資本主義 帝国主義 社会主義 排外主義 復古主義   
(23)階級-地主階級 資産階級 中産階級 農民階級 工人階級 無産階級
 中国語のなかに入った日本語を分析してみると、次の通りである。

(一) 日本で音訳された西洋語だが、漢字で表されているもの。
  gas 瓦斯 concrete 混凝土 romantic 浪漫 club 倶楽部  lymph 淋巴 cholera 虎列刺
(二) 古代漢語のことばを利用して訳したものだが、本来の意味とは違うもの。   
  (1)組織 -もともとは糸を組んで機を織ること、つまり紡績の意。
  (2)雑誌-本来はさまざまな事を書きしるすこと、つまり雑記の意。
  (3)労働-本来は運動の意。  
  (4)社会-本来は村の祭日に村人が会合すること、つまり集会の意。
  (5)経済-本来は経世済民の意。
  (6)人道-本来は夫婦間の交わり、または人として守るべき道徳の意。   
  (7)革命-本来は天命が改まって王朝が変わる意。易性革命。
  そのほかにまた 「索引 意味 共和 形而上学 憲法 唯心 唯物 地主 知識 保険 生産 権利 歴史  民主 作用 積極 絶対」 などがある。しかし、「化学」 と 「文法」 という二つの語は中国人の丁■良がつくった訳語だそうである。「文法」 は中国の古語にもあり、本来は法津の条文の意である。
(三) 現有の漢字を使って日本で新しく組み合わされてできた語。これは新語の中の大半を占めている。例を挙げてみる。
  入口 出口 広場 手続 取締 打消 取消 引渡 場合 見習 但書 味之素   
  以上はみな訓読で読むことばである。
  高潮 低潮 直接 間接 広義 狭義 主体 客体 主観 客観 肯定 否定 時間 空間     
  理性 感性 右翼 左翼 直流 交流 暖流 寒流 動脈 静脈 優勢 劣勢 長波 短波     
  内在 外在 予算 決算 可決 否決 動態 静態 質量 数量 動力 静力 熱帯 寒帯 
  温帯 動産 不動産 上水道 下水道 地上水 地下水 内分泌 外分泌 重工業 軽工業 
  陽極 陰極  債権 債務 流通資本 固定資本   
右はみな音読の、相対的な、または相反の意味のことば。そのほかにまた次のような語がある。
  石油 出版 方案 方針 正当 政策 保健 保証 理事 幹事 系統 伝統 闘争 協定 
  協会 協議 社交 社団 批判 企業 投資 広告 景気 法則 範疇 道具 劇場 象徴 
  抽象 具体 前提 揚棄 活動 運動 講座 典型 版画 性能 計画 派遣 細胞 電流 
  電池 電波 結核 科学
(四) 日本でつくられた漢字。
  腺 癌 吋 呎 哩 噸
(五) 日本語だが、中国語に入ってから意味が変わっているもの。
   (1)労働者-はじめは本来の意味で使われたが、のちに 「工人」 という語にとってかわられ、今では 「働くもの」 の意味で使われている。
   (2)辨護士- 「律師」 という語に取って変わられ、今では法律用語ではなく、ただ弁護する人の意味である。
(六)組合-はじめは 「労働組合」 がそのまま使われたが、今では 「工会」 という語に取って変わられた。「組合」 という語もあるが、組合わせの意になっている。
(七)日本語を訳すために中国で作られた新語。
   (1)基於 (○○に基いて)   
   (2)関於 (○○に関して)
   (3)対於 (○○に対して)   
   (4)由於 (○○に由って)   
   (5)認為 (○○と認める)   
   (6)成為 (○○と成る)   
   (7)視為 (看做) (○○と看做す)
(八)中国語に入ったが、のちに淘汰された語   
   例えば、万年筆 日傘 車掌 残念 夕方 相場 支那 手形 切手
五、中国語に与えた日本語の影響
  今から四十五年前の一九四二年、中国共産党の指導する抗日戦争の根拠地の延安では、「整風運動」 といって党の作風を改善する運動が行われた。毛沢東主席がそのとき 「党八股 (共産党の文章の缺点) に反対する」 という演説を発表したが、その中で、表現を豊かにするためには、第一に人民大衆のことばに学ぶこと、第二には外国語から学ぶこと、第三には古典から学ぶことを呼びかけている。外国語から学ぶことについて次のようにいっている。

「第二には、外国語のなかからわれわれに必要なものをとり入れる。われわれは外国語をむりに輸入したり、濫用してはいけないが、外国語のなかの、良いもの、われわれが利用できるものはとり入れる必要がある。中国語は、語彙が十分でないから、現在、われわれの語彙のなかには、外国からとり入れたものが、たくさんある。たとえば、今日開いている、この幹部会、この 「幹部」 という語は、外国から学んだものである。われわれは、もっと多く、外国の新鮮なものをとり入れなければならない。かれらの進んだ道理をとり入れるだけでなく、かれらの新鮮な用語も、とり入れなければならない」。

 ここでいっている 「幹部」 という語は外国から学んだもの」 とは、疑いもなく 「日本から」 ということである。
  日本語が中国語にたくさん入ったといっても、主として自然科学と社会科学の新語である。生活用語には、中国固有のものが多く、日本からはあまり来ていない。
  例を挙げてみよう。故毛沢東主席には有名な論文 『実践論』 がある。
次はその一節である。

 「マルクス以前の唯物綸は、人の社会性を無視し、人の歴史的発展を無視したもので、認識問題を観察した。それがために、認識と社会実践との依存関係、すなわち、生産と階級闘争にたいする認識の依存関係を了解することができなかった。
 まず第一に、マルクス主義者は、こう思う…人類の生産活動は、最も基本的な実践活動であり、その他のすべての活動を決定するものである。人の認識は、主として、物質の生産活動に依存し、しだいに、自然の現象・自然の性質・自然の法則性・人と自然との関係を了解する、そのうえ、生産活動をとおして、各種の、ことなる程度で、しだいに、人と人との、一定の相互関係を認識する。これら一切の知識は、生産活動をは なれては、得ることが、できない。階級のない社会では、どの人も、社会の一員という資格で、その他の社会のメンバーと協力し、一定の生産関係を結び、生産活動に従事して、人類の物質生活の問題を解決する。いろいろな階級社会では、各階級社会のメンバーは、やはりいろいろ、ちがった方式で、一定の生産関係をむすび、生産活動に従事して、人類の物質生活の問題を解決する。、これが、人の認識発展の基本的な、みなもとである」。

 下線部の語は日本来源のものである。四分の一ぐらいのことばが日本からのものである。中国の憲法にも日本来源の語がたくさんあるし、その他の社会科学、自然科学関係の論文にも大体同じ傾向が見られる。
  こういうことがあるから、中国人が日本語を勉強する場合、発音段階を終えて、基本的文法をいちおう学習したら、毛沢東の 『実践論』 のような理論文が読めるようになる。それは理論文の中に中国語に定着した日本語がいっぱいあるからである。しかし、逆に大和言葉の多い日本の小学生の国語教科書や童話を読むのはむずかしい。中国語を学ぶ日本人にも同じケースがあると聞いている。これはなかなかおもしろいことだ。なぜなら、普通、外国語、例えば英語を勉強するばあいは、生活文より理論文の方がずっとむずかしいからである。
  現代中国語に対する日本語の影響について高名凱氏は 『現代漢語のなかの外来語研究』で次のように述べている。

「現代漢語の語彙に対する日本語の影響はたいへん大きい。現代漢語における外来語の主要なるものは日本語から来ている。日本語は漢語外来語の最大の源だといっても過言ではないだろう。おびただしい数にのぼる西洋語のほとんどは、日本語を通じて現代漢語の中に導入されたのである」。その影響を具体的にいうと、次の三点が挙げられる。

(一)、中国語の語彙の複音化のテンポを早めた。
  中国の古代語 (日本でいう漢文) にも、二つまたは二つ以上の文字でできた語彙も少々あることはあるが、非常に少ない。ほとんどは一つの文字が一つの語彙になるのである。語彙の複音化、つまり二つまたは二つ以上の文字で一つの語をつくることは、中国語が古代語から現代語へ脱皮する過程での趨勢だが、日本語をはじめとする外来語の進出によってその脱皮のテンポが早められたといえる。
(二)、語の複音化によって語義が細くなり、表現がいっそう緻密になり、正確になった。
  例えば、「行」 という語は古語では 「行く」 「走る」 「行為」 「行動」 「行進」 などの意を有する多義語だったが、現代漢語では複音化によって、いくつかの語ができ、表現がもっと的確になった。
(三)、西洋的な表現がたくさん入り、中国語のセンテンスが長くなった。
  新語の大量導入、語の複音化と表現の緻密化、長文の活用など、これらはいずれも古代漢語から現代漢語への脱皮であり、中国語の進歩である。こうした中国語の進歩は、世界各国の進んだ文化の吸収、はては中国の現代化実現に役立つものであろう。
 一八九六年第一陣十三名の中国留学生が来日したときから数えて、今年はちょうど百周年に当たり、関西などでは日本滞在中の中国人留学生を中心に「中国人日本留学百周年」 の記念行事が行われた。そして千語あまりの日本語はすっかり中国語のなかに定着し、帰化して、現代中国語のなかの不可欠の構成部分となっている。「共産党、幹部、社会主義、経済、手続」 などのことばは、中国人なら誰でもよく使うものだが、しかし、ほとんどの人はもうその来源を意識しないし、それを知らないのである。
  日本語の場合も同じようなことがある。辞書によって多少差はあるが、日本語の語彙は、今でも半分ぐらいは 漢語語彙だそうである。その大部分は古代中国語から来たものであり、その一部分は日本でつくられたものである。しかし、日本人は中国来源の漢語語彙を外来語だと、まったく見なしていないし、それが中国からのことば だと意識する人も、非常に限られているだろう。これはなんと不思議な現象だろう。
  もう一つおもしろいことがある。同じ書き方のことばでも、その読み方は中国人と日本人でぜんぜん違う。例えば 「哲学」 ということば-これはギリシャ語 「Philosophia」 の意訳語だが、中国人は 「zheque」 と読み、日本人は 「Tetugaku」 (てつがく) と読む。読み方がそれぞれ違っていても、同じ意味で理解する。そして中国人も日本人も、それを外来語と見なさない。こういう現象は、たぶん漢字文化圏内、とくに中日両国間にしかないものであろう。
  以上述べたことは、中日両国間の文化交流の歴史の長いことと影響の深いことを、あますところなく立証していると思う。(了)

〈主要参考文献〉

(1) 高名凱・劉正王炎 『現代漢語のなかの外来語研究』(1958年2月 中国文字改革出版社)
(2) 王立達 『現代漢語中、日本語から借りて来た語彙』(1958年2月 雑誌『中国語文』)
(3) 北京師範大学中文系漢語教研組 『五四以来漢語書面語の変遷と発展』 (1959年 商務印書館)
(4) 周祖謨 『漢語語彙』 (1959年8月 人民教育出版社)
(5) 実藤恵秀 『中国人・日本留学史』 (1970年 くろしお出版社)
(6) 実藤恵秀 『近代日中交渉史話』 (1973年 春秋社)
(7) 譚汝謙 『中国語のなかの日本語・補遺』 (実藤恵秀 『近代日中交渉史話』の附録
(8) 劉正王炎・高名凱・麦永乾・史有為 『漢語外来語辞典』 (1984年12月 上海辞書出版社)
(9) 符淮青 『現代漢語語彙』 (1985年 北京大学出版社)
(10) 王凌 『中国における日本近代文学の翻訳』 (『遼寧大学学報』 1981年第3号)
(11) 武殿勲・高文達 『魯迅の作品のなかの日本語について』 (『山東師範学院学報』1981年第5号)
(12) 北京大学アジア・アフリカ研究所 『中国における日本文学翻訳編目』(1979年4月)


本部月例会・発表内容要旨(2006) - 日本英学史学
http://eigakushi.org/honbu_06.html
2006/5
19世紀の英華辞典をめぐって
―R. モリソン『中国語字典』の刊行から商務印書館の参入まで―
宮田 和子
マテオ・リッチを創始者とするイエズス会の宣教師は16世紀に中国に渡り、
中国知識層の中華意識に気づいて妥協政策をとり、
支配階級に信者を獲得して権力の中枢にまでくいこんだが、
19世紀初頭に中国に派遣されたプロテスタント宣教師は、相次ぐ禁教政策に阻まれた。
初期のプロテスタント宣教師に知識階級の出身者は少ない。
英華辞典編集の主な目的はこうした来華宣教師に中国語を習得させることにあった。
しかし当初現地語による布教は、中央志向の中国知識人の蔑視と反発を招くだけの結果に終わった。
1842年8月南京条約が締結されて、アヘン戦争は終わりを告げ、
広州、福州、アモイ、寧波、上海の5港が開かれると、英人の居住と交易が認められ、
領事館員、税関関係者といった人々も辞典編纂の列に加わる。
宣教師の辞典はその意味で先駆的役割を果たしたことになる。
まず、モリソンの『中国語字典』(1815~1823)を皮切りに、メドハースト、ウィリアムズ、
ロプシャイト、ドーリトルといったプロテスタント宣教師の手になる辞典が、つぎつぎに現れた。
なかでもロプシャイトの『英華字典』(1866~1869)は、明治政府が大量に購入し、
これを底本とする中村正直校正『英華和訳字典』、井上哲次郎『訂増英華字典』が出版された。
また?其照『字典集成』(1868)は中国人の手になる初の英華辞典であり、
1875年に再版がでたのをはじめ、1880年以降にも着実に版を重ねて、
中国における英漢辞典への橋頭堡となった。1880年代末には商務印書館が参入する。
また英華辞典におけるウェブスター辞書の役割も無視できない。
上述の中村、井上の和刻本にもウェブスター辞書が使われている。
英華・華英辞典のほとんどは中国で印刷、出版されたものなのだが、
当の中国では相次ぐ戦乱で散逸してしまったものが多い。


>>37
今までの嫌韓カスは、まだ中国には敬意を払っていたものだが
最近のアホウヨはアホも極まりきって
起源を主張するようになってしまった……

43 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です 転載ダメc2ch.net:2015/01/29(木) 22:42:40.23 id:acnxg/kr0
ネトウヨは近代の漢字は日本人が生み出したと本気で思ってるんだな

44 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2015/01/29(木) 22:42:41.17 id:bBmMCWic0
もともと王彬彬の人文科学方面の70%という言葉が
どっかでネジ曲がって伝わったんじゃないのか
西欧の人文科学の概念の70%という話だぞ


中国住んでたけど70%も和製漢語なんて初耳
故事成語の引用や慣用句がめちゃくちゃ多い言語なのにそりゃないわ

結局ウヨが日本が英語の意味を当てたとかドヤってた漢字熟語も英漢辞典からのパクリだったのが多いのが真相

53 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2015/01/29(木) 22:47:24.22 id:pNtbkF5A0
>>46
漢数字が日本起源だなどという
あまりにも恥ずかしい間違いに誇りを抱くのかね

それは恥というのだ


日本に輸入されてのち変化した漢数字の運用が
中国に逆輸入された例などがあれば聞くが
どうせ無いんだろう


>>46
ネトウヨが言ってることは全部否定しないといけないという使命感があるからだよ
なんでそういうモチベーションが沸々と湧いてくるのかは不明だがw

そもそも明治以降に日本がそれまで文化を消し去る勢いで西欧文化を受容して言葉まで作り替えてしまった
そっちのほうを指摘したほうが有益だ


中国の漢籍から転用して意味をそこに当てはめてるだけで
それは和製漢語に含めるかどうかの議論はあるものの
訳語として採用したのは日本人でそれを中国が輸入したというのは
かわらない

64 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2015/01/29(木) 22:56:58.44 id:ysjgnWJ30
>>46
捏造とかデマなんかを鵜呑みにしてホルホルするのが恥ずかしいだけだよ
韓国の起源主張を馬鹿にする癖にネトウヨのデマは無条件に肯定しろとか馬鹿なの?
本当にすごいものなら普通に誇りに思うわ

65 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です 転載ダメc2ch.net:2015/01/29(木) 22:58:07.28 id:N3L7eU2g0
>>12
神代文字とかあったじゃん
偽物?検証すらされてないんだからどうしようもないね


共和と人民が和製漢語じゃないことくらい漢語辞典引けばすぐわかるのにな
ネットde無料の情報じゃないと何も調べられない程度の教養の低さがすごい

68 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2015/01/29(木) 23:00:01.59 id:hWnsoAd70
ラーメンも日本の物とか言ってるよな

69 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2015/01/29(木) 23:00:09.01 id:bBmMCWic0
人民は和製漢語だし共和も和製漢語

70 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2015/01/29(木) 23:00:58.15 ID:sr+PrgWN0
ジャップによる漢字の起源主張だよ


>>65
神代文字なんかひと目でわかる構成の創作であって学会では全く相手にされてないというか相手する価値も無い
2chでもオカルト好きくらいしか言ってないだろ
あんなハングルをパクったようなのはネトウヨですら忌避だよw

Peopleの訳語としての人民なんて日本に持ち込まれた英漢辞典に載ってるのに


一口に和製漢語と言っても色々種類がある

①民主・共和・革命・社会・経済・関係・影響
②哲学・命題・抽象・主観・客観・肯定・否定
③手続・取締・引渡・見習・場合・場所
④腺

①は中国古典にある言葉に日本画西洋の新しい概念を付与したもの
②は日本によって新しく訳語として考案されたもの(中国に流入した言葉のうち大部分はコレ)
③は訓読される日本固有語だが漢語形のまま取り入れられたもの(主に西洋的な文脈として使われる)
④は現代でも中国で使用されている日本の国字

日清戦争以降中国人留学生が日本の書物の翻訳を盛んに行って
多くの和製漢語が中国に持ち込まれたそうだ

84 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2015/01/29(木) 23:09:58.25 id:IsYhJCK30
共和もことば自体は古代にあったって。
殷周より前だったと思うけど、王が空位になってしまったときに
重臣たちの合議制で政治をやったという期間のことを指す

85 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2015/01/29(木) 23:10:27.25 id:hLCODsrW0
ジャップが近代中国語の起源を主張しているなんてまだ知られてないよな?
日本人がチョンみたいな捏造民族だなんて思われたら恥ずかしいわ


これがウヨしぐさか

英漢辞典チラチラ見て自分が作ったかのように言ってた福沢諭吉()
小保方レベルだな

103 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2015/01/29(木) 23:18:08.42 id:hLCODsrW0
一部のネトウヨホルホルするために日本人全員が恥ずかしい思いをしなければならないのか…

104 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2015/01/29(木) 23:19:40.66 ID:65i1FMqb0
>>100
1866年はまだ明治じゃないぞ
明治初期とかぼやかすなよ。あと既に定着してたソースな

英漢辞典は明治政府が大量購入してばら撒いたんたまから英漢辞典からパクったんだろ

105 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2015/01/29(木) 23:19:49.17 id:bBmMCWic0
言葉が同時期に採用された可能性も含めて
中国と日本の留学生の交流などいろいろ可能性あるし
少なくとも中国におけるその言葉の由来がはっきりしていない

106 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2015/01/29(木) 23:21:06.78 id:pNtbkF5A0
>>100
明治時代は1868年からだニャー

福沢諭吉の用例もってこいよ
いつ書いたのかがポイントだろ


>>102
福沢諭吉って他人の手柄を自分の手柄にする奴だったんだな
現代だったらマスコミに袋叩きに合ってるレベル
というか今まで俺が作ったとか言ってドヤ顔してる学者らに
突っ込む人間がいなかったのが不思議


近代の概念ってのは哲学や人文科学の用語なので
もちろんそこに含意される意味合いは異なるということをしらないと
単にこの言葉は中国語でも訳語として採用されていた!みたいな
バカなことを言い出しかねない

ネトウヨは甲骨文字を現在の漢字に仕立て上げたのは日本の成果だと信じ込んでいるからな
付ける薬がないわ

117 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2015/01/29(木) 23:28:43.31 id:IsYhJCK30
>>83
「命題」なんか、現代の日本のテレビで登場する場合9割方、意味を誤解して使っている
という情けなさ


和製漢語にも2種類あって元々あった言葉に概念追加したパターンと完全新規パターンがあるんだろ
世界 =worldとかは元々仏教用語だった世界に西洋のworldの意味を持たせた前者
電話=telephoneとかは後者
中国の方でも幾つか訳語が作られただろうけど明治の頃に日本に来た中国の留学生が広めた訳語が国内でも広がったんだろ
孫文蒋介石とかも日本留学してるし

121 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2015/01/29(木) 23:35:07.96 id:C8lPeHls0
最近知って驚いたのは「反面教師」って言葉が毛沢東の造語だという事
浸透しすぎだろ


中国の歴史や文化にケチつけても
返り討ちにされるだけだと思うんだけどなあ


「反面教師」の語源を調べてみた。《中国の毛沢東の言葉から》悪い見本として反省や戒めの材料となる物事。また、そのような人。大辞泉より。