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バトシーラー日記

あまり知られていない様々な真実の知識をお届けします


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崩壊するインターネット&エンタメモラル


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#239 炎上、祭りはなぜ起こるのか~改めて問うインターネットの構造
荻上 チキ さん(批評家)
テレビや新聞が正当的なメディアで、インターネットで飛び交う情報は客観性に欠けると思われていたが、このところインターネットでの指摘や非難から企業の不祥事が発覚するなど、従来のマスメディアをしのぐ力を見せている。しかし、その反面、ブログが閉鎖に追い込まれるなど、ある論点に特定化し、非難中傷を大量に浴びせかけるといった事態もネット上で起きている。今回登場いただくのは、批評家の荻上チキさん。改めてインターネットとはどういうメディアなのかを尋ねた。
インターネットには利便性がある一方で、犯罪の温床になっているという指摘もあります。インターネット自体が犯罪を起こすわけではないにしても、人の悪意や劣情を焚き付け、そそる働きがあることは否定できません。インターネットというメディアの特徴とはどういうものでしょうか。
メディアの特徴は、コミュニケーションを媒介するところにあります。テレビやラジオは、マスコミュニケーションと呼ばれるように、コンテンツを通じて発信者と大衆(マス)を結びますが、インターネットの場合それだけでなく、すべての人と人とをつなげていく。その過程で、人が潜在的に抱えているような欲望を顕在化させる働きが生じます。これが形式的な特徴です。
その中にはもちろん、ネガティブなものも多く含まれる。ではそれらから、内容的な共通性をもつ特徴を見出すことは可能かと問われれば、それは難しいと思います。
例えば同じメディアでも、テレビやラジオであれば、媒体ごとに扱うコンテンツの優先順位をつけることは容易です。速報性や重要性、著名性、事件性といった要素が関わって、「テレビ的空間」を作り上げている。
一方のインターネットは、利用する人それぞれのニーズに合わせて優先順位がカスタマイズされます。たとえば、声優好きな人は、声優に関する情報ばかり取得し、発信します。リストカットオーバードーズといった実存にかかわる問題を抱えている人なら、自分にとってやさしい世界をネット上につくることができます。当然、SNS上で繋がる人のタイプやコミュニティも、人によってばらばら。
マスメディアのように明確な優先順位のないインターネットを通じて行われるコミュニケーションは実に様々で、そのコミュニケーションのどれを取得するかは個人に委ねられている。そうである以上、ネット空間をひとつの意味づけで捉えることは不可能です。
荻上チキさん
インターネットにおけるコミュニケーションの特質は、自分の価値付けを基準に世界を観察し、構築することができることにある?
それは元々コミュニケーションが持っていた性質です。しかしウェブ上だからこそ、欲望の多様性が確保され、これまではあまり発言しにくいような意見だろうと同意を得られたりはします。そういう、既存の社会では叶えがたかった欲望をも容認してくれる一方で、選択的に世界観を凝り固める行動の結果、排除行動も頻繁に観測されることになる。
世界観を構築していく過程では、自分の価値観と相容れないものが必ず生まれています。相反する価値観と衝突したとき、それを排除しようとする働きも露骨に現れます。これはネット上に限らず、学校や会社といったオフライン上のどのコミュニティでも観察されます。
学校だと、オタク系はギャル系の子を苦手とし、自分たちが話しかけることのできない存在であり、かつ性的な存在でもあり、さらに発言力がでかくて自分たちを抑圧する存在でもあると認識しがち。だから嘲笑の対象にしておくというような言説やゲームがその人たちの間で始まったりします。「あいつらは俗物だ」といったように(笑)。
今のは誇張した例えではありますが(引き合いにだした「オタク系」の子、ごめんね!)、教室のたかだか30人くらいの集まりの中でさえ、自分たちの持っている語彙体系から、他者を排除する行為が生まれる。自分とは絶対に相容れない人との遭遇で生まれるノイズを消去したくなる欲望も生まれます。より多くの他者と遭遇することになるウェブ上では、より多くの排除行動も目に留まりやすい。
ネットで起きている炎上や祭り(注1)も、もとからあったコミュニケーションに関する欲望が、ある場面で肥大化したせいではあっても、ネットがつくったわけではありません。
ただ、多くの排除行動同士をつなげていった結果、形式的に巨大なものになることもありますし、その形式自体を楽しむ人たちも出てくる。「ネットで炎上させること自体が楽しい」というユーザーも、そこでは少なからず生じてきてしまいます。
炎上や祭りに率先して参加する人に対し、「コミュニケーション能力がない」「人間関係に成熟していないからだと指摘する識者の声も多いですが、これについてはどう考えていますか。
むしろ炎上を起こす側は、コミュニケーション能力に長け過ぎているほどだと思います。炎上の際には、情報強者が情報弱者を叩く構図が頻繁に観察されます。毎日デイリーニューズの「WaiWai」が叩かれた際も、最大限にその能力が発揮されていたわけでしょう。(注2)
情報を切り取れば切り取るほど相手が慌てることもわかっているから、「燃料投下」という文脈を読み取り、炎上を盛り上げる。さらに発言の一部を切り取って、コピー&ペーストすることで、その発言をガチで憤る人たちにも接続し、もっと燃料に火がつくよう振る舞う。そこで問うべきは、コミュニケーション能力の高低ではなく、何のゲームが行われているか、ということです。
ゲームが過激化することでサイバーカスケード(注3)が起こるとすると、そのメカニズムはどうなっているのでしょうか。
サイバーカスケードが起きるときには、少なくとも3つくらいのゲームが関わってきます。毎日デイリーニューズの「WaiWai」の件で言えば、政治的な理由を持ち込み、自分達にとって利益になるかどうかでその対象を観察する者。次に、「私たちの自尊心が損なわれた」「もう海外に行けない」といったように、快であるか不快であるかで憤る者。それとはまた別に、とにかく毎日新聞が叩かれる様子を「ざまあww」と楽しむ者がいる。
それぞれ目的や行っているゲームは違うのだけれど、使われているボキャブラリィは表面上同じ。それらが、「WaiWai」は是か非かといった議題の元に収斂されていった時、大きなひとつの流れであるかのように見えるようになる。そうやって一度はじまったカスケードは、その目的を叶えるためだけでなく、その行為そのものを継続することを目的化もします。だからなかなか終わらない。無論、「WaiWai」の件は毎日新聞側の問題が大きかったので、メディアの側はこのような形の非難を受けることは織り込み済みでいなければなりません。しかし同様の行動が、特定のブロガーたたき等にも使われる場面もあるので、賞賛ばかりもできない。
荻上チキさん
意図的に叩く人は、ある意味コミュニケーション能力やメディアリテラシーが高いとなると、そのこととモラルの有無は別の問題になりますね。
コミュニケーション能力やリテラシーの高さとモラル・倫理の保持が混同されています。単純化して説明します。80年代頃までは、メディアリテラシーをめぐる議論の中心は左翼やリベラルで、「あるべき市民」のモデルが暗に想定されていました。もともとメディアリテラシーという言葉が、「大きな権力」や「大きなメディア」に対抗するという文脈から出てきたからです。
かつては、「マスメディアの言うことを鵜呑みにすれば、欲しくもない商品を買わされてしまう」。あるいは「国家総動員体制をつくるためのプロパガンダに利用されるかもしれない」ことへの懸念がありました。それに対抗するために、成熟し、「権力」から独立した「市民」になれば、国家や資本主義社会に取り込まれることを抑止できるというわけです。そのための能力が、「リテラシー」であると。無論、そこにはある種の倫理観などもセットで含まれていました。
だが、残念ながらこの考えはネットには通じません。対抗するべきは大きな権力や大きなメディアではなく、小さなメディアに反映された、あちこちから湧いてくる有象無象の諸欲望なので、相手は自分と同様にフラットな関係であり、しかもそれに対抗できたからといって「市民」として成熟しているかどうかは別の問題になっている。
倫理観やリテラシーが高い個人であるよりも、匿名で付和雷同し、叩かれている人を叩いておけば、勝つことはなくても負けることはない。そういう状況を楽しむ場に自分を置くことがリテラシーをめぐるゲームにおいて勝利を収める上で、もっとも手っ取り早い合理的な方法になっています。
読解力の稚拙さや匿名での非難を指摘して、よけいに炎上している局面も見かけます。その指摘自体に正当性はあっても、批判者に届かないのはなぜでしょう。
炎上するような人たちと炎上させられる人たちは、最初は大抵、別のゲームをしています。例えば企業の不祥事が起きた際、マスメディアは執拗に社長などを追い掛け回し、失言や苦悶の表情などをカメラに収めようとする。表面上は「ジャーナリスト精神」ということを掲げつつも、それとは別に、「面白い画を撮れるか」といったゲームを行っています。船場吉兆の「ささやき女将」の報道がもっとも典型的な例ですね。ネットも、それと同じですよ。
炎上の際には、「ジャーナリズム精神」といった、抑制のためのタテマエが弱いからこそ、対象を「嗤う」ことができるかというゲームが支配的になりがちです。それに対して「匿名は卑怯だ」等と反発しても、さらに燃料を投下することになってしまう。だから、「炎上を起こす側/起こされる側が未熟であるかどうか」で見ると、多くの炎上や祭りの力学を捉えにくくなります。
サイバーカスケードを起こす人に向けて、「政治的コミュニケーションを建設的に積み上げていくことよりも、賽の河原の鬼みたいに、積み上げたものをぶちこわすことを楽しんでいる」と非難するのは簡単です。しかし、そういった観察自体が魅力的に感じられないなら、その言葉は当然、空転することとなる。
炎上や祭に取り合わないで、勝負の土俵に乗らないことが一番いいのかもいしれませんが、やはり屈辱感が募ってくると反論したくなります。
よくわかります。ただ、いま述べた現象はネット上のごく一部の人たちの出来事ですし、別のゲームもウェブ上では行われている。たとえば読売新聞の人気サイト「発言小町」のような場所では、ローカルな人間関係のメンテナンスに力が注がれていますね。「終わりなき井戸端会議」みたいな感じでしょうか。2ちゃんねるのような「嗤い」の文化は、そこではあまり働いていないように思います。
Mammo tvはむしろ、2ちゃんねるや「発言小町」よりも、例えばはてなコミュニティのような、「終わりなきサークル部会」を行っているような場所でウケる。別に、炎上を楽しむコミュニティが全てではないので、どのチャンネルに対してコンテンツを届けるかに自覚的であればいいのではないでしょうか。つまり立ち位置のカスケードで対抗するのではなく、争点のカスケードで対抗し、そこにひとりのプレイヤーとして参加すればいい。
立ち位置と争点のカスケードとは、どういう意味でしょう。
「マスメディアの影響がどういう形で行使されるか」という研究がここ50年くらい続いています。一般的には、「テレビを見た人がある種の意見に染まってしまう」という説が信じられがちですが、今では、テレビは人の意見形成には直接影響を与えないかもしれないけれど、「何が重要な議題であるか」という認識、リアリティを形成する段階においては影響力を行使するんじゃないか、という説が支持されています。
実際、ネット上の書き込みを見ると、意見形成する上でテレビの発言を鵜呑みにしている人は少ない。基本的にマスコミを「マスゴミ」と嗤うモードが、カスケードの際に有力になりますからね。しかし、そういう態度を取ることで、逆にテレビで取り上げられたトピックに対して過敏に反応しています。立ち位置は「マスゴミ」から距離を取りつつも、「マスゴミ」の作った争点にはしっかり乗っているわけですね。
例えば「閣僚が靖国神社に参拝した。けしからん」とコメンテーターが言うと、「偏向報道め!」と靖国について熱く語るゲームがスタートします。この場合の、「~について語ろう」という状態を争点、「こう語ろう」というのを立ち位置と分けています。重要なのは、実は争点が設定された時点で、どの立ち位置が優勢になるかはほぼ決まってしまうこと。多くの議論は、議題が設定された時点で答えが出ていますからね。
それでいうと、2001、2年くらいからの嫌韓流ブームが議題として強力だったのは、「韓国人が好きか嫌いか」「どれが正しいか」ではなく、「どこまで嗤えか」という設定だったからです。それに対し、「そんなに嫌なやつじゃない」とか「それは嘘だ」といっても届かない。嘘であっても嫌いでなくても、「面白いからいい」といった立ち位置のカスケードが強化されていくわけです。
荻上チキさん
では、過激化するカスケードを沈静化させるには、どうすればいいのでしょうか。
そうした状況を回避したいのなら、「コミュニケーションの地形効果」そのものを理解し、変えないといけない。2ちゃんねらーがどこかのメディアやブログを延々と炎上させているコミュニケーションを見ていて、「それってどうなのよ」「そんなに叩くほどじゃないだろう」と立ち位置を修正しようとすることも大事ですが、「そんなことよりこれを語ろうぜ」「2ちゃんねるじゃなくてここで語ろうぜ」といって、より面白いネタやチャンネルを投下したほうが有効だったりします。
2ちゃんねるでも、スレッドをたてた人が提示した議題より、途中にさしはさまれたレスの方が面白くて、それ以下はそのレスに反応するスレッドに変わってしまうことなんてざらにあるでしょ。
もちろん2ちゃんねるは、ガチな議論にはあまりむいていない。一方で、mammo tvが設定する「この人の話が重要だ」といったコンテンツこそ読みたい人というのも一定数いて。そこではそもそも、2ちゃんねるとは別の論点(争点)体系が存在しているわけですよね。一行レスでは解決できないから、じっくり話を聞く場も大事だというモードをとっている。「嗤い」のゲームをする人たちの間では、瞬発力が競われていますが、持久力を鍛えるようなコンテンツをずっと提供し続けることによって、長期的な議題設定では優勢に回るといったような発想は無駄ではないでしょう。
嗤いや叩きのゲームがウェブ上だけならともかく、2004年にイラクで人質になった日本人3名が帰国した際、自己責任の名の下に彼らを非難するプラカードを持って空港までいった人が多数現れました。ネット上のカスケードが現実に乗り出したようにも見えます。
自己責任論があれだけ盛り上がったのは、確かにカスケードの力があったからです。しかし単にネット上で生まれたものではない。多くのカスケードは、マスメディアの報道を受けて生じたり、拡大したりする。ニュースソースとして家族の記者会見と、政府側の会見ばかりを報道していたことで、家族への反発があったことは、「自己責任論」に、大きな役割を果たしています。
人質事件の前に、増水した川に流され、救助されながらも悪態をついたヤンキーの姿が報じられたこともあって、「みんなの感情を無視したことをする奴は、自己責任=勝手に死ねでいいんじゃないか」といったムードが形成されていた。危険なところに自ら行ったのだから当然といった具合に。
そういった時に日本人に対するテロが起きました。「次は自分たちかもしれない」という想像が湧いたとき、「いや違う。あれはあいつらがバカだから起きたことだ」と思考を切断したほうが、様々な点で合理的な状況にあったわけです。
実際にネット上では「リテラシー・ゲーム」が始まりました。人質というのは実は自作自演で、そもそもサヨクだし疑わしいといった感じに、様々な細部に意味づけしながら、「自分達が守るべき対象ではないもの」として描き出していった。それは一つは切断操作のためのカスケードであったと思いますが、もう一つはメディア的な反復を受けたものでもあったわけですね。
切断の合理性とは、自己正当化のことですか?
半分そうですが、半分は違います。ここでいう合理性とは、ゲームのルールを把握し、そのルール内で「勝ち」を収めるために動くような志向性を指します。経済ゲームで「勝ち」を収めるためにはお金を稼ぐことが合理的ですが、ボランティアゲーム内で「勝ち」を収めるためには、逆に金がないことを主張して善人アピールする方が合理的な選択肢だったりします。一つの合理性で傷ついた人が、別の合理性を持つコミュニティに所属することで癒されたりするでしょ?
その意味で、2ちゃねらーは、ただ自己正当化をしたいためにゲームをやっているわけではない。理由の一つにはあると思いますが、それだけではない。
イラクの人質問題でも、できるだけ対象を嗤うというゲームを継続したい。そのような日常を壊すような情報は排除するように動く。そういう合理性が共有されている空間があるということです。
もともと人は自分の見たいものを見ようとします。つまり自分の持っている合理性を発揮したがるものです。ただ、複数のルールの中で合理性を求め、それぞれいいポジションを得ようとしたら生きづらくなるので、特権的にやりたいゲームをいくつか選択し、そのメンテナンスをやりやすくしてくれるメディアが必要です。そのサポートをしてくれているのが、現在ではネットやケータイです。
ネットやケータイは、場面に応じて、その都度の合理性に応じて、キャラを使い分けるための最大のサポートツールになっています。個人にとっては、それは圧倒的な長所ですが、集合行動になった場合は、想定してなかった結果をもたらすこともあるわけですね。
荻上チキさん
社会では、自分のやりたいゲームを選択することを推奨していても、学校では、それぞれの合理性を楽しむといったキャラクターの使い分けではなく、人格に一貫性があることを前提とした教育が行われています。
理想的であるかどうかとは別に、それは端的に現実的ではない。先生だって、一貫したコミュニケーションを行ってるわけではないですし。
実際、ネットなどのメディアと、旧来的な「成熟」のモデルは、かなりミスマッチを起こしていますね。日本の教育モデルの古さは、いまだに擬似的な親子関係を教師と生徒の間で構築しようとするところ。教師は親のように尊敬され、教科だけでなく全人格的な能力を教える存在だというわけですが、それは今やかなり困難なモデルです。
もちろん、タテマエとしてはある種の「オトナ観」を語りつつ、ホンネの部分で、複数の合理性を生きていることを教えていればいいのですけど。
一貫した人格を育てることが無理にしても、かといっていろんなキャラを演じ続けることは疲れます。
その辛さはよくわかります。僕は圧倒的に後者の方が楽ですが。
インターネットの黎明期の世代は、世界中の人とつながれることに希望を見いだしました。それはいままで自分ひとりだけでやっていたと思っていたことが、世界中探していたら実は大勢似た趣味や嗜好を持った人を発見できて、「そういう人とつながれてハッピー」という驚きがあったからですね。
でも、いまや世界中の人とつながるなんてしんどいと感じる人も多いでしょう。特に、子どもたちが初めてネットで参加するコミュニティは、相変わらず学校関係だったりします。学校でのコミュニケーションのメンテナンスの延長を家でもやらないといけない。そういう子達にとって、ネット世界の見え方というのはまた異なってきます。
上の世代がネットでは、いろんなアイテムを手に入れることができると考えていたけれど、それ以降の世代はオンライン上の人間関係のいざこざを避け、いかに安全圏をつくるかというゲームもやっています。
それだけコミュニケーションの齟齬を許さないシビアなものになっている?
シビアな面もありますが、楽な側面もあります。たとえば、リアルに顔をつきあわせる関係は情報量が多く、人間関係がどろどろしがち。だからこそ直に会わないで、メールの一言で済ませるほうがいい場合もあります。よく言われる「今の若者は、メールに即レスしないと友達切られる」みたいなのって、実はかなり誇張された言い方で、一般的にはあまり気にしない人の方が多いですよ。互いが最適化された環境を求めてキャラを使い分けていることなんて、多くの人にとってもはや折込済みですから。実際に会うと愛想笑いがばれて疲労するから、デコメールを送ってメンテナンス終了!みたいなほうがいいこともある。
そこでリテラシーが問われるわけですが、あればオールオッケーではないにしても、あるに越したことはありません。リテラシーがあれば情報技術を使って楽に生きられますから。
高校生にとってリテラシーを身に付けることは、倫理観や権力云々といった文脈とは別に、自分が楽に生きるための方法を見つけることになるでしょうね。そして、互いのコミュニケーションの目指す合理性がぶつかったとき、異なるコミュニケーションの存在を認められるかどうか。他人を尊重するための議論の場を確保する必要がそこで生まれるので、その寛容さをどう確保するか。ケータイやネットがそのキャパを広げている面は、間違いなくあります。
荻上チキさん
それにしても、なぜ荻上さんはコミュニケーションの問題に興味を持ったんでしょう?
非常に私的な理由だけ言うと、男の子によくある話で、恋人や友人関係に振り回されまくったからです(笑)。高校時代の彼女が「もっと一緒にいてくれないと、電車に飛び込んでやる!」と言い出すとか、虚言ばかり言う友人の言葉を全て信じてパニックになったりとか、もうヘトヘトになって別れた結果、「人間って何なんだろう」とかベタに思ったりして。そっからなぜかフロイトとか古典とかSF小説とかを読んで文学の道に進む。失恋の反動でナンパ師や研究者になったり、大負けしたという内面を抱えたからこそ、「絶対強くなってやる」みたいなことを、男の子って言いがちでしょ(笑)。
その後、メディア論に飛びついた私的な理由は、大学院志望の際に、面白そうな研究がそれしかなかったから。多くのメディアに触れている現状と、その環境に対する言説のギャップの大きさへの興味から、もともとメディアに対する関心はあったんです。ちょうど大学院に進学する年に、指導教官が退官したのと、自分がブログなんかをやっていて、ウェブ上での祭りや事件が目立っていた。そういう条件が重なっていた。
これまでのコミュニケーションに関する考察を踏まえ、インターネットという空間でうまく立ち回る作法を身に付けるには、どうすればいいと思いますか。
インターネットは、欲望がないとあまり楽しめない。なのでネット云々の前に、自分の欲望を発見することがベスト。だから、前にインタビューに出てた大槻ケンチさんみたいに、「バンドやりなよ」とか本当は言いたい(笑)。たぶんエッチもできる(笑)。
でも、ニコニコ動画youtubeを見たら、「この文化おもしろいな」と思うこともあるでしょうから、ネットの中で自分の欲望を発見して行くのも全然アリでしょう。エッチサイト見てたら、自分の性癖を発見したりとか(笑)。そうやって探すことは、オンラインであろうとオフラインであろうと一緒。自分がいたいと思える場所を見つけたとき、そこで初めて振る舞いやリテラシーが問われるから、そこから何か始めればいいんじゃないかと。
オフラインだったら、100時間くらい、4、5人の所作を定点観測するとかすれば、嫌でも身に付きますますよね。それと同じで、とにかく40~50個くらいのお気に入りサイトに居座って、使い続けてみたらいいんじゃないかと。ネットの出会いは危険だとか言いたがる人もいますが、そういう実際には使っていない人の警句よりも、自分の見た世界を信じたほうがいい。その弊害なんて、あとからリカバーできる。
高校生でも音楽をネットで発表してデビューした人もいるし、ビジネスを始めた人もいます。ようは、自分なりのおもしろい人になれるかどうか。おもしろさの価値なんてひとつのモデルで言い尽くされることなんてありませんから、何がおもしろいかの判断は任せます。それを見つけるための選択肢が、たくさんあるのがネットだと思うので。


SNSは声なき人々に声を与え、そして奪った 相互監視社会で一人の女性に起きた悲劇

ソーシャルメディアを使うことになんとなく息苦しさを感じていませんか? ライターで映画製作者のJon Ronson(ジョン・ロンソン)氏は「SNSは声なき人に声を与えたツールだったはずなのに、私たちは今、相互監視社会を作り上げ、生き抜くためのもっとも賢い道は無言を貫くことになってしまいました」と語ります。Justine Sacco(ジャスティン・サッコ)氏の炎上事件から読み解く、ソーシャルメディアの特性とは一体どのようなものなのでしょうか?(TEDGlobalLondonより)


ソーシャルメディアは権力者を引きずり下ろすツール

ジョン・ロンソン氏(以下、ジョン):普及当時のツイッターは、過激な羞恥とはかけ離れていました。人々は自分自身についての恥ずかしい秘密を暴露して、それを聞いた周囲の人々は「ああ、私も同じよ」と言ったものです。

声なき人々は自らの強力で雄弁な声に気づきました。もし新聞が人種差別や、同性愛者を差別するようなコラムを掲載しようものなら、私たちにはそのためにやれることがあると気づいたんです。私たちは彼らを「ソーシャルメディアにおける羞恥」という武器で、打ちのめすことができるんです。

広告主は自分たちの広告を取りやめる。権力者がその特権を誤用したら、私たちはそれを剥奪する。まるで正義の民主化のようです。ヒエラルキーは平等になりつつありますし、私たちは物事をよりよい方向へと進めてきました。

それから間もなく、盗用とやらせ記事で不祥事を起こした『Popular Sience』のヨナ・レーラーというライターは、恥と後悔に苛まれました。彼は公式に謝罪できるはずの機会を財団のランチの場で得たんです。これは彼の人生において、窮地から抜け出すための最も重要なスピーチになるはずでした。

しかし、彼は会場に到着するまで、財団がそのイベントをライブストリーミングするつもりだということを知りませんでした。でも気づいたら、ツイッター画面を映した巨大スクリーンが彼のとなりにどんと立っていたんです。もうひとつのスクリーンには彼の目線。

gazo1

私は酷い財団だからこんなことをやったんだとは思いません。私は彼らに悪気はなかったと思うんです。私はこれが、美しく純朴なツイッターが次第に恐ろしい現実と衝突したユニークな瞬間だったと思っています。

ここに彼が謝罪をしようとしているその最中に彼の目に飛び込んできたツイートのうちいくつかを紹介します。「ヨナ・レーラーを許すなんて、うんざりだ」「ヨナ・レーラーには恥ずかしいと感じる能力がないのかも」そしてこれは、史上最高の精神分析医が書いたに違いありません。「ヨナ・レーラーは手の付けようのない反社会人間だ」。

これは我々人間がよくやりがちな、傷つけたい相手を非人間化する方法です。なぜなら、私たちは人々を打ちのめしてやりたいと思っているけど、それが悪いことだとは感じていないんです。

これが実際の法廷で、真っ暗闇で陪審員たちに「うんざりだ! 反社会人間!」と叫ぶ中、チャンスを懇願している被告人だったらと想像してみてください。法廷ドラマを見るとき、私たちは心優しい弁護人と自分を重ね合わせる傾向にありますが、声は私たちに力を与え、絞首刑を言い渡す裁判官になる。

力の移行は速い。私たちはヨナがその特権の使い方を誤ったがために、それを奪いました。ヨナは地に落ちたのに、私たちはまだ蹴り続け、殴り合いをしながら喜んでいるんです。そして特権を誤って使った有力者がそこにいないと気づいたとき、むなしさを覚えます。だれかを羞恥にさらすことのない一日が、退屈に感じ始めるのです。

ジャスティン・サッコの何気ないツイート

ジャスティン・サッコという女性の話をしましょう。 彼女はニューヨーク出身の広報担当者で、170人のフォロワーがいました。彼女はニューヨークからロンドンに向かう機内で、次のような辛辣なジョークをつぶやきました。

「ドイツ人、あなたはファーストクラスにいるのよ。2014年なんだから、デオドラントを使いなさい。ホームレスの体臭を吸いこんだ機内のモノローグ」

ジャスティンはひとり、くすくすと笑って送信を押しました。リプライはなく、私たちがよくインターネットが面白いことを一緒に笑ってくれないときに覚える感情と同様に、彼女もさびしさを覚えました。インターネットが応えてくれないときの、真っ暗な沈黙。

ヒースローに到着し、彼女は最後の行程までまだ少し時間の余裕があったので、また別の愉快で辛辣なジョークを思いつきました。

「アフリカへ向かっています。AIDSになりませんように。なんて、冗談。だって私は白人だもの」

彼女はひとり、くすくすと笑って送信を押し、飛行機に乗ったんです。リプライはなく、携帯の電源をオフにして眠りました。11時間後に目を覚まし、誘導路を直線コースに移動している機内で電源をオンにすると届いていたのは「あなたに起こっていること、気の毒に思うわ」という高校以来、話したこともない誰かのメッセージでした。他のメッセージは親友からで「今すぐ電話して。あなたはツイッター上で世界一話題になってるわよ」というものでした。

何が起きたのかというと、170人の彼女のフォロワーのひとりが、彼女のツイートを野次馬ジャーナリストに送り、彼がそれを15,000人もいる彼のフォロワーに対して、リツイートしたんです。

「IAC広報担当者の愉快なホリデージョークはこちら」

ツイッターが人生をばらばらにしてしまった

数週間後、私はその野次馬ジャーナリストと話しました。私は彼にメールして、どんなふうに感じたかを問うと、彼は「おいしいと思った」と言った。そしてこうも言ったんです。「でも彼女は大丈夫だよ」。

でも、彼女は大丈夫じゃなかった。なぜなら眠っている間にツイッターが彼女の人生をばらばらに解体してしまったのだ。まずは博愛主義者が「もし、ジャスティン・サッコの不運な発言があなたを悩ましているのなら、CARE’S work in Africaに私と一緒に参加しましょう」「最低な人種差別的なツイートを踏まえ、care todayに寄付をします」。そして、恐怖ははるかに上回った。

「酷い人種差別主義者ジャスティン・サッコのツイートに戦慄を覚えた」

その夜、すべての人がツイッターを見ていたでしょうか? 皆さんのうち、ほんの数人です。みんながその夜、「わお、誰かがめちゃくちゃにされてる! 誰かの人生が大変な目に遭ってる!」と思ったんだと思います。ベッドで上半身を起こし、枕を頭の後ろにおいて、このジョークは人種差別主義者のものっていうわけではないなと思っていました。彼女の特権を陽気に見せびらかす代わりに、彼女は陽気な特権の誇示をばかにしていた。

これにはサウスパークやコルベア、ランディ・ニューマンのようなコメディの慣習があります。おそらくジャスティン・サッコの件は、ランディ・ニューマンのもののようないいものではなかったのですが、事実、私が数週間後にバーでジャスティンに会った時、彼女は打ちのめされていました。私が彼女にジョークについて聞くと、「アメリカに住んでいると、第三世界で何が起きているかということは、小さな泡のようなものなんです。私はその面白い泡を作っただけなんです」と説明しました。

グーグルだけが得をする結果に

他の女性『New Statesman』のライターで、私の本『Public Shaming』を批評したヘレン・ルウィスはその夜、こうツイートしました。

「私は、彼女は人種差別主義者ではないと思うわ」

彼女は平常心を失いきっぱりと「あなたはただの思い上がったブタね」とツイートしたのです。彼女は口を閉ざし、ジャスティンの人生がめちゃくちゃになっていくのを眺めていました。

それから、暗闇は深くなっていきました。「みんなでこのアバズレ、ジャスティン・サッコをレポートしよう」そして、彼女をクビにする声まで挙がりました。

「新年から始まる就職活動に幸あれ #クビにしろ」

世界中、数千もの人々が彼女をクビにすることが自分たちの責務であると決断したのです。

「ジャスティン・サッコ、あなたのキャリアにおける最後のツイート」

ジャスティンの壊滅は企業の販促にも巻き込まれました。

「次回、離陸前に愚かなツイートをするときは、ぜひGogo flightをご利用ください!」

多くの企業がその夜、大金を稼ぎました。ジャスティンの名前がグーグル検索されるのは通常、月に40回くらいです。それがこの月は、12月20日から12月末までの間に1,220,000回もグーグル検索されたんです。

あるインターネット・エコノミストによると、それはグーグルがジャスティンの破滅によって120,000ドルから468,000ドルを稼いだことを意味するのです。それに対して、彼女を貶めた私たちは、何も得ていないのです。私たちはグーグルのためにノーギャラで、公開処刑をしていたのです。

こんな挑発的なツイートもありました。

「むしろジャスティン・サッコがAIDSになればいいのにと思うよ」

他の人はこんな風にも書いています。

「誰かHIV患者があのアバズレをレイプして、彼女の肌の色が本当に彼女をAIDSから守ってくれるのか確かめるべきだ」

この人はフリーパスを得ています。誰もこの後には続きませんでした。

人々はみなジャスティンの破滅を面白がっていました。同時に私たちには不適切にジャスティンのような誰かが破滅させられてしまうのを、どうすることもできませんでした。ジャスティンはその夜、博愛主義者から「レイプしろ」まで、様々なグループを集結させました。

「ジャスティン・サッコがクビになりますように。狂ったアバズレ。アフリカにいる間、裸で過ごすつもりだった世界に知らせてやれ」

女性の場合は、男性よりも深刻です。男性が恥さらしに遭っても、「クビにしろ」で済みますが、女性の場合、「クビにしてレイプして子宮を切り取ってやる」となるんです。

「#Justineはもう着陸した?」

そしてついに、ジャスティンの勤め先も巻き込まれました。

「ジャスティン・サッコのツイートに関するIACより:これは悪意に満ちた侮辱的なコメントです。問題の従業員は現在、到着前の国際線の機内におります」

これがまた、人々の怒りに油を注ぎました。

「皆がクリスマスに望んでいるのは、飛行機の着陸後、自分の携帯のメールボックスや留守番電話をチェックしたジャスティン・サッコの顔を見ること #クビにしろ」

「おお、ジャスティン・サッコは飛行機が着陸したら、人生最悪な携帯オンの瞬間を迎えることになるんだ」

「私たちはまさにこのアバズレ、ジャスティン・サッコがクビになるのを目撃しようとしている、リアルタイムで。彼女自身が知る前に、クビになってるんだけどね」

私たちは物語行為を愉しんだだけです。私たちはわかっているけれど、ジャスティンはそうではありません。この件に関して、裁き以外のことが考えられるでしょうか? ジャスティンが機内で熟睡する間、彼女は弁明することができませんでした。そしてそのことが、ばか騒ぎの大部分だったのです。

その夜のツイッターで、私たちは銃に向かってハイハイする幼児のようでした。誰かが彼女が搭乗している飛行機を見つけ出し、飛行追跡のウェブサイトにリンクしたのです。

ブリティッシュ・エアウェイズ、フライト43予定通りの運航。1時間34分で到着予定」

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ハッシュタグ「#ジャスティンはもう着陸した?」は世界でトレンドになりました。

「無意識に自爆するなんて、狂ってる #ジャスティンはもう着陸した」「本当に。家に帰って寝たいんだけど、バーにいるみんなが #ジャスティンはもう着陸した に夢中なの。見逃せない。離れられない」「#ジャスティンはもう着陸した は、私の金曜の夜に起こったベストな出来事かも」「ケープタウンにいる誰か、空港に行って、彼女の到着をツイートしてよ。ね、ツイッター! 写真希望」

それで、どうなったと思います? ほら、この通り。

「ジャスティン・サッコがケープタウン・インターナショナルに着陸」

不用意なジョークのせいで、嫌なやつらにではなくて私たちと同じような善良な人々によって、ぼろぼろにされてしまった人物がどんなルックスか知りたいですか? こちらがその写真です。

gazo14

「彼女はサングラスで変装したってわけだ」

社会的な制裁ではなく、ただの感情浄化

では、私たちはどうしてそんなことをしたんでしょうか? 私が思うに、何人かの人は本心から気分を害したんだと思います。でもその他の人々に関しては、ツイッターが相互に同意を形成する機械であることによると思うんです。私たちは同じように感じる人たちに囲まれていて、お互いに同意しあい、そのことが本当に心地いいのです。

もし誰かが邪魔になると、私たちはそれを排除します。その逆はなにかご存知ですか? それが民主主義の逆です。私たちはアフリカにおいてAIDSの人々が亡くなっていることを気にかけていることを示したいのです。

思いやりがある様子を見たいという私たちの願いは、ときにこんなあまりに思いやりのない行動に導いてしまうことがあるのです。実際、メーガンがボストン・レビューにおいて、「これは社会的な制裁ではない。感情浄化の代替手段だ」と書いています。

過去3年間、私は世界中のジャスティン・サッコのような人々と会ってきました。信じられますか? ジャスティン・サッコのような人々は大勢いるんです。毎日、増えているんです。私たちは、彼らは大丈夫だと思いたいけれど大丈夫ではありません。私が会ってきた人々はずたずたでした。彼らは絶望と不安、そして不眠症と自殺願望について語っています。

不用意なジョークをつぶやいたある女性は、1年半もの間、外出することができませんでした。その前は、彼女は学習困難な大人たちと一緒に働き、一見したところ、とてもうまく自分の仕事をこなしていました。

ジャスティンはもちろん、ソーシャルメディアが望んだとおり、クビになりました。でもそれだけでは済まなかったのです。彼女は自分を見失い、真夜中に目を覚ましては、自分がどこにいるのか、わからなくなってしまったのです。

彼女は自分の立場を理解していなかったんだから仕方がないと思われています。もちろん、たとえば私生児を持っているような、人々のためにもっと使えることのほうがよいのです。しかし、「特権の誤用」は私たちが選んだ誰のこともこき下ろすことのできるフリーパスになってしまいます。その価値を下げ、私たちの人を思いやる許容範囲やシリアスなこととそうでないことを判別する能力を失わせます。

いま私たちは相互監視社会を生き抜くため、声を発することができない

ジャスティンには170人のフォロワーがいたので、彼女はフィクション化しました。鉱山業の億万長者デスモンド・サッコの娘ではないかとの噂が流れたのです。「#Justin Saccoでふざけてるわけじゃなく、彼女のお父さんって、SA鉱山の億万長者なのよ。彼女が気の毒だなんて思わない。彼女の父親もね」

私はジャスティンにバーで会うまでこれは事実だと思っていました。それで、億万長者のお父さんについて、聞いたんです。そしたら「私の父はカーペットを販売しています」と彼女は言いました。

普及当時のツイッターを思い返してみると、人々は自分自身の恥ずかしい秘密を暴露して、周囲の人たちは「わあ、私も同じ」と言っていました。昨今は、人々の恥ずかしい秘密狩りが行われています。あなたは道徳的なよい人生を送っていても、内なる悪魔による言葉遣いのよくないツイートがそれをすべてひっくり返してしまうことがあり得ます。

おそらく、世の中には2つのタイプの人がいます。イデオロギーを超えて人間が好きな人と、人間を超えてイデオロギーが好きな人です。私はイデオロギーを超えて、人間が好きです。しかしたった今、イデオロギーが上回りました。たとえそれが、後に続く人類にとって真実ではないとしても、壮大なヒーローや吐き気を覚えるほどの悪人による見せ場を絶えず作り続けます。

事実、私たちは賢いし、愚かでもあります。そして、グレーなところにいるんです。ソーシャルメディアの素晴らしいところは、声なき人々に声を与えたことにあります。しかし私たちは今、見張り社会を作り上げ、生き抜くためのもっとも賢い道は無言を貫くことになってしまいました。

もう、やめにしませんか? ご清聴ありがとうございます。

ジャスティンを支えるひとが誰もいなかったのが問題だった

ブルーノ・ジッサーニ氏(以下、ジッサーニ):ジョン、ありがとうございます。

ジョン:ありがとう、ブルーノ。

ジッサーニ:ジャスティンの話で印象的だったのは、彼女の名前をグーグル検索すると、検索結果の最初の100ページはこの話が続くということです。彼女以外の話は一切ありません。

あなたの著作では、他の犠牲者の別のストーリーについて書かれていました。マネジメントファームで評判がよく、彼女の恋愛や猫、休暇なんかの当たり障りのないブログや投稿もすてきで、グーグル検索の最初の2、3ページはなんとかネタにならずに済んでいるけれど、長くは続かない。数週間後には、いつの間にか検索結果のトップに戻ってしまう。これは、闘いに負けたってことなんでしょうか?

ジョン:私が思うに、不公平で曖昧な公開処刑を見かけたときに私たちにできるベストなことは、声を上げることだと思っています。なぜなら、ジャスティンのケースで最悪だったのは、彼女を支える人が誰もいなかったことだと思うんです。数万もの人々が口を揃えて、彼女に対して消えろと言ったんです。そのことが大いに彼女にとってトラウマになりました。だから、これが前進するための方法だと思うのですが、難しいですよね。なぜなら、もしあなたがその人の側についたりしたら、ひどく不愉快になるわけですから。

ジッサーニ:自身の経験についてお話ししましょう。あなたはこの本を書くことによって立ち上がったわけですから。皆さん、本は読んでいらっしゃいましたよね? あなたは実際に犠牲者にスポットライトを当てることで立ち上がりました。ツイッター界の反応は、よいものばかりではなかったでしょうね。

ジョン:ある人々からの評判はよくなかったです。つまり、ただ集中したくないんです。多くの方々からはよくご理解いただき、とてもよい反応をいただいています。でも私はここ30年あまり、力の誤用について書き続けていますが、たとえば軍隊とか、製薬業界における権力者のことを言うときには、みんな私を称賛するんです。私が「私たちは今、自分たちの力を誤って使っている有力者なのです」と言うなり、「つまり、あなたも人種差別主義者ってことですね」と言われます。

ジッサーニ:昨夜、食事をした際に2つの議論がされていましたね。一方であなたはテーブルの周りの人たちと話していました。それはとてもよい、建設的な議論でした。また一方では、あなたが携帯を見るたびに、侮辱の嵐でしたね。

ジョン:ええ。それは昨夜の出来事ですね。私たちは昨夜TEDディナーだったんです。私たちはおしゃべりしてとってもたのしかったので、ツイッターをチェックしようと思い立ちました。ある人は「おまえは白人至上主義者だ」と言っていました。それですてきな会話のほうに戻って、またツイッターへいってみると今度は誰かが私の存在そのものが世界を悪い場所にしているとつぶやいていたんです。

私の友人のアダム・カーティスが言うには、1980年代、インターネットはジョン・カーペンターの映画のようだったそうです。そのうちみんながお互いに叫びあい、撃ち合い、とうとうみんなどこか平和なところへと逃げていく。それで私は本当にすてきなオプションについて考え始めたんです。

ジッサーニ:ジョン、ありがとうございました。

ジョン:ありがとうございました、ブルーノ。

 

「うちら」の世界と「リア充社会」について 炎上と学力と絆の問題

炎上案件で、低学歴と高学歴の溝という事がクローズアップされているけれども、
USJの威力業務妨害、ドブスの会事件、スーフリなど高学歴な人がまあまあ事件を起こしている。
今回の冷蔵庫入るようなつまらないいたずらで炎上するような大学生は今までに何人もいる。
はてなで有名なブロガーであるコンビニ店長さんがいうような、高学歴と低学歴というくくりでは説明できない。
「うちら」の世界
店長さんがいうには、炎上を起こしがちな人たちの社会を「うちら」として表現して、「うちら」外のことを理解できない層のことを「低学歴の世界」と説明していた。
店長さんは低学歴の世界というのを象徴的に使っているわけで、実際に学力や偏差値によって数値化できるものではないというのは承知している。
自分らの社会「うちら」には敏感だけれども、その外側の社会一般を理解できない層と学力の相関関係は有るかもしれないが、
低学歴という言葉を使うと誤解を与える。
個人的なことをネットに垂れ流しがちな、自分の周りの社会「うちら」のみ気を配る層のことを店長に倣って「彼ら」で統一する。
「彼ら」が低学歴や低学力は多いかもしれないが、それは副次的なことであって学力は関係ない。
「彼ら」が「うちら」社会で完結できるのは、外部との交流が少ない田舎などの土壌があったからできたのかもしれないが、
本質は偏りすぎる人間の絆というか束縛力の強い人間関係を求める集団の空気というものが先に有るのではないかと思う。
郷に入っては郷に従えを強要するような社会だ。
田舎などはそのようなことが多いかもしれないが、
必ずしも田舎や低学歴というという事が「うちら」型社会人間の前提条件ではない。
例えばリア充のような若者は、勉強もできたりして結構いい大学にも入る。
人当たりも良くていい企業の内定ももらったりもする。
そのような若者が「うちら」型の社会を形成して、SNSで社会一般の常識の洗礼を受けてしまうことがあるが、
それは彼らが結束力と束縛力の強い人間関係の中にいたからではないか?
めんどくさいから便宜的に「リア充社会」と名付ける
リア充社会」の住人たちは
コミュニケーション能力は高く、身内には優しいが、社会一般のことには疎い。
学力はあるが、本気で学問を愛してはいない。
大学ではサークル活動やバイトを中心に置き、大学は学位と就活のためだけに行っている。
社会情勢に興味はなく、哲学や数学のような抽象概念の理解は苦手。
理論より経験、歴史より経験、習うより慣れろ、学問より経験、というように理論より実践を重んじる。
リア充」社会でのもっぱらの話題は人間関係についてで、どこで遊ぶか、誰と付き合うか、どこで出会うか、誰と青春を楽しむかそのようなことについてだろう。
友人関係と恋人関係などを重きをおいて、絆や結束などそういう価値観で集団を尊重する。
そういう「リア充社会」では外の社会に目を向けることはあまり価値はなく、彼らのグループ内での結束や空気を乱さない事が重要になってくる。
だから、社会一般に目を向けることも抽象的なことを考える風土もない。
決して学力は低くない人間なのに、視野が狭いのはこの「リア充社会」の住人であるからこそなのではと思う。
彼らはどう青春を充実させて生きるかということには余念がないが、視野狭窄気味であるので「意識高い系」にもジョブチェンジしやすい。
今までの大学生の炎上を見て、多くがリア充だったことをみると僕の考えも的外れであるとは言えないのではないだろうか。

炎上を起こしがちな人が、大学生でリア充が多いが (炎上したアニメアイコンは少ない)
意外と企業に好まれる人材でもある。
企業は企業内の空気を尊重するような人を好むからだろうけれど、
同調圧力などが強い企業社会が生まれるのも「リア充社会」が関係しているかもしれないな。
そしてはてなや2chやブロガーたちなどリテラシーがある層に、ブラック企業批判も集まりやすく、リベラリストが多いのは
もしかしたら非リア充であるという事も関係しているかもしれない。
もっとも、リア充というのは大学生の実態を説明するために象徴的に使った言葉で、
田舎になれば田舎の閉鎖的な風土とリア充には関係はない。
本質は、強すぎる人間関係を強要する社会である。


西村ひろゆき「アニヲタはキモイ。異常。コミュニケーション不全の人が目立つ。」←正論

アニヲタはきもい、っていうけど俺の印象では別にそんな感じでもないけどな。

テレビもアニメもどっちも殆ど見ないんでよく知らないけど、PCのデスクトップとかで「なるほど、これがオタクアニメか」ってのにしてる奴がいたけど、みんな普通に女や金に興味があって、美味しいものに興味があって、でも引っ込み思案なやつだってだけだった。

趣味としても世間的に忌避されやすいと思ってるからか隠しがちな奴が多かったけど、デスクトップ見て一目瞭然。。

 

個人的には、一般の趣味を持ってる奴とか、女の自意識過剰なのとかのほうがよっぽど感じ悪かったけどな。

オタクは基本平和裏に話をするのに、自意識過剰なのとかは何かが気に食わないとつっけんどんな態度になることが多い印象。

 

ネット上ではアニオタと関係有るのかどうかわからないけど、Twitterのアイコンがアニメのやつ、これはコミュ障というか頭が故障してるのが多かったな。

後動物のアイコン。どいつもこいつもしょうもないカスばっかりってイメージが有る。

ソース1 ソース2

 

どうダメかって言うと、異様に攻撃的になる奴が多いんだよな。

そういや漫画書いてる系の女でもそういう奴多いなと思うけど、「自分と意見が違う」事が許せないのか、突如として発狂し始めるんだよな。

自分と意見が違う人には自分の意見を話せばいいけど、はじめから攻撃するのが目的なのか、それとも漫画と現実の区別がつかないのか、少しばかり相手に敬意を払うってことが一切できなくなる。

リアルで不快な人と同じリアクションをネットコミュニケーションではアニメアイコンのやつが取るってのが不思議な印象だよ。

 

まぁ、アニオタとアニメアイコンが一緒かはわかんないけど、馬鹿にされがちなアニオタ、基本的には俺は人畜無害じゃないのかと思うけどね。

むしろ「○○みたいなマンガ好きなんだけどなんか面白いの知らない?」とか言ったら人間wikipedia状態で色んなのを教えてくれるんで重宝するし、別にいじめたり嫌ったりしないでいいんじゃない?

 

偏見から入って馬鹿にしたり、はじめから異分子を許さないって態度で攻撃的になるのはよくないね。

友好的な態度を取る必要がないのは極めて限定された相手だけだよ。

 


「うーん、なんだろうなあ。ぶっちゃけキモイから嫌なんだよね。」
「アニメファンだけ以上に熱意持ってんのがね、おかしい。」

「結局少数の人が、その声を大きくしてそれを通すというのは僕嫌いなんですよ。」

「どんなカテゴリにもコミュニケーション能力の低い人はいると思うんですけど、アニメに関してだけはなぜかそういう人が
割と表に出てきやすいっていう気がするんですね。」

アニヲタとネトウヨは同じ臭いがするんだよなぁ
13: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 14:43:03.07 0 ID:
>>5
なんなんだろうなあの臭い
長いものに巻かれる感というか
流されてる感というかネットだけでデカイ面してる感というか


47: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 14:56:53.56 0 ID:
>>5
そういやネトウヨにアニメ嫌い見ないな

50: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 14:57:54.81 0 ID:
>>47
ネトウヨはマンガとアニメとテレビの話しが9割がただろ
右翼意見もどっかのテレビで見て知ったことばかり

20: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 14:48:01.16 0 ID:
まさにネトウヨじゃん
21: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 14:48:55.81 0 ID:
twitterだとアニメキャラアイコンのネトウヨとか多いからな
曰わくアニメは日本が誇るべき産業だと
まあ否定するわけじゃないけど気持ち悪い
23: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 14:49:38.57 0 ID:
アニメが世界で認められる→日本スゴイ→俺スゴイ
33: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 14:53:53.37 0 ID:
>>23
これはまあ狼で論争してるアイドルヲタクも一緒だな
その世界が矮小なだけで

 

29: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 14:52:19.68 0 ID:
アニヲタはもはや何を言ってるんだかわからないぐらい話が通じない時がある
39: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 14:55:32.41 0 ID:
何故根底にアニメ=キモいという等式が成り立っているのだろうか
42: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 14:56:15.03 0 ID:
あいつらアニメなら何でもいいみたい
永遠と実況してる
43: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 14:56:23.75 0 ID:
やっぱり子供向けのものをおっさんになっても見てたらキモいんじゃない?

 


44: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 14:56:24.16 0 ID:
理屈どうこうじゃなく実際キモいしな
アニメやアイドルに嵌ってる奴
49: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 14:57:41.33 0 ID:
アニメみたいなポルノ紛いのものは日本の品位を下げるとかいって
怒ってるネトウヨがもっといてもいいのにね
68: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 15:02:02.50 0 ID:
アニメの声優を使うとアニメファンにしか訴求しない内容になるからね
69: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 15:02:03.06 0 ID:
深夜アニメと宮崎アニメって手法がアニメというところでたまたま一致してるだけで
全くの別物だしな
72: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 15:03:03.75 0 ID:
アニヲタとは分かり合えないわ
確かにうざいし
79: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 15:04:44.01 0 ID:
逆にアニヲタやって普通に生活できてる人はすごいと思う


90: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 15:06:57.49 0 ID:
ピクサーやディズニーのアニメってなんで日本の萌えアニメみたいに気持ち悪くないんだろうか謎だ
予算ははるかに萌えアニメの方が莫大にかけてるのに
 
 
※そうなのか???知らなかった

>>108
そこはアニヲタも同じだと思うがな
アニメ好き=萌えアニメ好きじゃないしそれどころか嫌いな奴も多いし
エロアニメにいたっては完全に好き者専用だ

120: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 15:19:22.32 0 ID:
なんかほとんど見えてるようなコスプレしてる姉ちゃんとかなんなんだろうな
バイトかな
130: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 15:21:41.38 0 ID:
>>120
ほとんどが自作の写真集CDや有料撮影会の宣伝でしょ
例外的に露出狂やチヤホヤされたいだけの子はいるだろうけどさ

133: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 15:23:17.96 0 ID:
10年以上狼にいるせいかドルヲタの方がキチガイ率高く感じる
ドルヲタというかハロヲタ
139: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 15:25:21.04 0 ID:
>>133
ヤバイね
10年はキチガイですわ

 

151: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 15:29:49.92 0 ID:
大人が子供っぽい声を出して演技をするというのは宮崎的には絶対に許せないんだよ
宮崎から言わせればそれらは娼婦の喋りであって絶対に許せないものだし作品に対する冒涜なんだよ
そういう発想はやっぱり真性ならではで、俺から言わせればお前ちょっと落ち着けと
宮崎からしたら演技が上手い下手ではなく本物の子供の喋りに意義があるわけだ
だから作品的にバランスを欠いてしまう
しかし宮崎はそれが良いと思ってるので他人が何を言っても無駄だし平行線
俺から言わせれば宮崎が我を出さずに我慢しながらそれなりの人間を起用してた頃の方がバランスは良い
見解の相違なのでしょうがない事ではある
157: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 15:31:01.18 0 ID:
>>151
お、おう・・・

155: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 15:30:22.50 0 ID:
アニヲタはかつてのヤンキーと一緒だよ
徒党組んで自分を強くみせたがる輩
コミュ障設定とかはマイノリティ気取ると正義を振りかざすのに都合がいいから

 

158: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 15:31:02.27 0 ID:
粘着的攻撃性はストーカー殺人犯を彷彿とさせる>アニヲタ
メンタリティが同じではないかなともちろん全部とは言わないが

 

165: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 15:33:18.64 0 ID:
ドルヲタでキモいやつは大体並行してアニメとかエロゲとかネトゲとかにもそれなりに入れ込んでる


168: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 15:34:45.78 0 ID:
アニヲタは無駄に攻撃的なチビな女みたいなもんだと思えばわかりやすい
170: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 15:36:11.76 0 ID:
>>168
そんな可愛くないよ
できれば視界に入れたくない

190: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 15:43:19.52 0 ID:
これだけでヤバさが分かるな
205: 名無し募集中。。。:2014/01/17(金) 15:46:17.73 0 ID:
まあもめるな
アニヲタ=アケカス=モモカス
同じ連中だぜアニヲタ兼任してるドルヲタって感じだから


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搾取の問題

初音ミクのような実在しない存在を“嫁”と呼び、AKB48のようなアイドルにかなうことのない片思いを募らせる。この奇妙に発達した日本の恋愛は、どのような構造で成り立ち、どのような意味を持つのだろうか。

 批評家の濱野智史さん、小説家の平野啓一郎さん、アニメ脚本家の櫻井圭記さんなど6人のパネリストが慶応義塾大学SFC(湘南藤沢キャンパス)の研究発表イベント「Open Research Forum 2011」で、「アーキテクチャとしての恋愛」と題したセッションを行った。本稿ではセッションからAKB48の話題を中心にお届けする。

「AKB」には異様に進化したアーキテクチャがある

 濱野さんが「最近、やばいものがあると気付きまして」と話しながら議題に出したのはAKB48だ。自身も北原里英さんのファンで、握手会に参加するため12月発売のシングルを10枚ほど予約していると話す。北原さんは6月に行われた「総選挙」(AKB48 22ndシングル選抜総選挙)で13位だった。12位までのメンバーは「メディア選抜」として優先的にメディア露出をさせてもらえるため、「13位か12位かでものすごく人生の差が生まれてしまう」という。

 12位だった高城亜樹さんとの差は3052票。「それだけの差で(好きな子の)人生が変わるんだったら俺も投票しないといけないかなと思い(投票券が付いたCDを)20枚、30枚と買ってしまう。そういう搾取の仕組みがあるわけです」

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濱野智史さん
 あえて「搾取」という言葉を使う濱野さんだが、AKBのすごさは、“AKB商法”などと言われる批判をメンバー自身がかわしてしまうところにあるという。「総選挙で(2位の)大島優子さんが、『私たちにとって、票数というのはみなさんの愛です』と言って、AKBアンチからの批判を一気に“AKB愛”として(否定し、そのやり方を)大肯定させてしまった」

 一方で、総選挙1位の前田敦子さんについて濱野さんはこう語る。「僕はあっちゃん(前田敦子さん)かわいいと思ってますけど、ネットでは顔面センターとか浜ちゃんに似てるとか言われて叩かれている。あっちゃんは情報化社会でエゴサーチとかして知っているわけですね。そのことを。で、(総選挙で)何を言ったかと言うと、『私のことが嫌いでも、AKBのことは嫌いにならないでください』と泣きながらしゃべって、会場のAKBオタは大絶叫した」

 なぜ、AKBのファンは自分たちが「搾取」されていることを認識し、AKBのメンバーたちは自分たちの商売が「AKB商法」と批判されていることを認識しながら、お互いに愛で結ばれているのだろうか。濱野さんはそこにAKBならではのアーキテクチャ(仕掛け)があると説明する。

 「ユルゲン・ハーバーマスっていう社会哲学者に言わせると、“システム”と“生活世界”は相容れない。愛というのは生活世界だけの問題で、システムというのは機械的に運営されていて、全然愛に満ちていない。こういう対立があるんですが、AKBの場合、この2つを握手会とか選挙っていう仕組みでくっつけてしまうことで、本気になりやすい環境がアーキテクチャとして作られている。それによって大島優子前田敦子のような、謎の責任感を持つ主体が生まれる。そして、コミットする信者・オタが生まれるというある種カルト的な状況が生まれる」(濱野さん)

松田聖子の時代より片思い感が増している

 AKBについて熱く語る濱野さんに、櫻井さんが「僕はかつてモーオタ(モーニング娘。オタク)だったんです」と参戦。実体験から、アイドルに片思いする構造を騎士道に例える。

 「騎士道の恋愛対象というのは、自分の上司の奥さんだったりする。でも、上司の奥さんが特別きれいだからっていうわけではないんです。上司の奥さんであるという属性が、絶対に届いてはいけないという構造になっているからいい。AKBはそれを意識的に構造化していて、握手はできるし『誰々さん、ドラクエクリアできましたか?』とか言われるわけです。覚えていてくれたんだっていう。そういうことがあると、松田聖子のような時代のアイドルよりも、もっと片思い感が増しているわけです。届かないことは分かっていて、その上で届きそうで届かない感じがうまく演出されている」(櫻井さん)

 AKBは、その届きそうで届かない片思いを、握手会や総選挙によってうまくゲーム化していると濱野さんは指摘する。「世界中で革命なりデモなり暴動なりが起きていて、なんで日本の若者はそういうことやらねーんだっていう話があると思うんですけど、AKBとかあったらこっちのほうが面白いと思いますよ」

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平野啓一郎さん
 しかし、平野さんはこの構造が疑問だと言う。「プライベートでデートできるわけじゃないし、セックスするわけでもない。そこに不満が残るんじゃないかなって感じがものすごくする」。平野さんは恋と愛の違いについて「恋は短期的に燃え上がって、あの人のことを好きだと思う状態。愛は関係の継続性に関わるもの」と説明している。

 「人間は恋にものすごく燃え上がって、あの人が好きだと思っているときは、その人と結ばれて継続する関係性を夢見ている。愛の状態になってずっとその関係性が続いていると、ときどき瞬発的に燃え上がるような恋の感情を味わいたくなって、不倫したりとか、どこか旅行に行って恋心を燃え上がらせるとか工夫しなくちゃいけない。シーソーみたいに、恋は愛に発展するし、愛がずっと続いてると恋に揺り戻しがあるっていうのがずっと起こっているのが人間なのではないかと考えている」(平野さん)

 恋と愛を行き来しているのが人間の恋愛であるなら、AKBのファンたちはなぜ片思いの状態でとどまり続けることができるのだろうか。櫻井さんは恋と愛とは別の恋愛感情として、“萌え”が存在しているのではないかと指摘する。

 「萌えって言うのはですね。燃焼のBurnじゃないんですよ。燃えちゃだめなんです。それは、むにゅって心の中に生まれた萌芽のようなものをね、愛(め)で続けるんですよ。それは花開いちゃだめだし、ましてや燃えちゃだめ」(櫻井さん)


濱野さんは、1人の人と添い遂げるという従来の恋愛観は崩れつつあるとし、その原因の1つに情報技術の進展があると話す。

 「情報技術の発達で、ちょっとグッとくるぞっていうのはエロ画像とか萌え画像とかいくらでも検索できる仕組みになっていて、オタクたちはいくらでも俺の嫁とか見つけられる状況にある。愛にいたっては、“永遠にあなたを愛しているよ”とか、“私のこと本当に愛しているの?”って証明する必要があるんですけど、情報技術の発達によってすごく監視みたいなのがしやすくなっている。Facebookでチェックするとか、mixiで恋愛ストーカーとかできる。今年だとカレログというアプリが話題になって、彼氏のAndroidに忍ばせておくと、彼氏がどういう行動をとっているかが丸見えになってしまう。こういうのが普通に出てしまっている状況というのが情報化社会における恋愛の状況としてある」(濱野さん)


古市憲寿「アイドルはファンから搾取するモンスター」のタグが付いた記事一覧。指原莉乃さんの久々の登場やワイドナ現役高校生の岡本夏美さんなど、なにかと話題の「ワイドナショー」。そのコメントや発言を文字に起こしたブログです。松本人志さん・東野幸治さんと多彩なゲストたちによる、マジメと笑いのバランスいいコメントをどうぞ。

古市憲寿「アイドルはキモい」を女子高生飯豊まりえが支持(2015/09/20)
芸能
武井壮さんのアイドル好きツイートに反響というニュース。その中で古市さんが「前に前に出ようとするアイドルがキモい」という、実に彼らしい視点の意見を展開しました。これに若者代表の女子高生・飯豊まりえさんが確かにそういう部分はあると納得するのが面白かったですね。


アイドルよ、自律せよ! 社会学者がプロデュースする「“搾取しない”アイドル運営」
すき家の過重労働」のニュースでも脚光を浴びた、ビジネスと“搾取”の問題。エンターテインメントの世界でも、とくに近年議論されているのが“アイドルビジネスと搾取”の問題だ。

■“ブラック企業”とも比較されるアイドル運営

 2000年代以降、AKB48やももいろクローバーZなどのさまざまなアイドルグループが登場し、「アイドル」は一躍国民的なブームとなった。しかし、CDに「握手券」をつけることで一人のヲタ(オタク)に複数枚のCDを買わせるなどの強引な販売システムは俗に「AKB商法」とも呼ばれ、非難の対象になっている。また近年は、“スターになりたい”と夢見る若い女性につけこみ、低賃金・重労働で働かせるという一部アイドル運営の労働環境問題をブラック企業との比較で論じる書籍も出版されるなど、アイドル業界にはいつしか“悪い大人がアイドルとヲタから搾取する、闇の部分を抱えたビジネス”というイメージもつきまとうようになってしまった。

■アイドルよ、自律せよ!

 そんななか、「夢見る女の子を搾取しないアイドル運営」を掲げる新生アイドルグループが誕生した。

 総合プロデューサーは、社会学者の濱野智史氏。2ちゃんねるニコニコ動画などの“情報環境の設計”に注目し分析した『アーキテクチャの生態系』(NTT出版)でデビューした濱野氏は、2011年頃からはアイドルの魅力にどっぷりとハマり、以後は自らヲタとしてアイドルのライブ現場に通いながら、『前田敦子はキリストを超えた――〈宗教〉としてのAKB48』(ちくま新書)などのアイドル批評も手がけてきた。

 今年2月、濱野氏はツイッターで、今年デビュー予定の新しいアイドルグループの総合プロデューサーに就任することを発表。まさに「アイドルが好きすぎて、自分でアイドルをプロデュースすることになった」のだ。グループのコンセプトは、「アイドルをつくるアイドル」。一部のメンバーは“プロデューサー候補生”として運営に参画し、将来的に独立するという仕組みを通じ、アイドル自身が搾取されない、自律的でサステナブル(持続可能)なアイドル運営を設計するのだという。

■コンセプトやイベントを通じ、アイドル運営を設計する

 その後、濱野氏によるオーディションを経て結成されたアイドルグループ「PIP(Platonics Idol Platform)」は、満を持して6/14にお披露目され、総勢22名のメンバーが3チームに分かれて自己紹介とカバー曲の披露をした。

 現在発売中の『ROLa』8/1発売号に寄せられた濱野氏のコラム「ついに自分がプロデュースを手がけるアイドル『PIP』をお披露目した件」では、このお披露目の場で行われたファンとの交流イベントの様子が、プロデューサーの視点から解説されている。それによると、イベントで行われた「メンバー個別似顔絵描き会(メンバーが90秒間、ヲタの顔を見て似顔絵を描いてくれる)」は、“接触厨”(=アイドルとの握手や記念撮影などの“接触”を志向すること)や“認知厨”(=アイドルから自分の存在を認知されることを目指すこと)といったアイドルヲタの特性をとらえ、「アイスブレイク」というコミュニケーションの手法を取り入れることで作られたとのことだ。また、アイドル自身が自己をプロデュースするというコンセプトのため、メンバーは事前に「ワールド・カフェ」というアイディア出しの手法を用いて各チームのコンセプトのアイディアを自ら出し合い、議論を重ねていった。こうした社会学者ならではのコミュニケーションの仕掛けが積極的に用いられ、「PIP」の運営は設計されているのだ。

■プロデューサー自身による“種明かし”ブログも開始

「PIP」は現在、毎週末に行われる定期公演の他、各種イベントへの参戦なども精力的に行っているが、今後の活動にもさまざまな仕掛けが用意されていくらしい。

 総合プロデューサーである濱野氏は、グループの全体コンセプト設定、中長期的な活動方針から個々のイベントの構成まで、あらゆる雑務を自らこなす日々を送っている。そんな彼が“アイドルプロデュースの裏側”について明かすブログ「アイドルが好きすぎて、プロデュースを始めてしまった件」もスタートした。第一回の記事ではまず、「PIP」のコンセプト「アイドルをつくるアイドル」が誕生した経緯が詳細に解説されている。そこには濱野氏のノートに手書きされたコンセプトのメモも披露されており、

「ラーメン家ののれん分け方式&FC(フランチャイズ)方式」や

「即戦力&プレイングマネージャー」など、およそアイドルらしからぬ用語が並んでいるのも見てとることができる。

 アイドルのビジネスに“闇”を感じざるを得ない、また労働者の環境そのものにも暗いニュースの多い昨今。濱野氏の挑戦はこうした状況に風穴を開けることができるのか。今後もその活動から目がはなせない。


ビートたけし氏「視野の狭いオタクがドンドン搾取されている。お金なんてどうでもいいと思ってるヤツばかり」

今の若いヤツに欲がないってわけじゃない。よく「オタク」だというけど、かえってひとつの対象や趣味にハマることは多い。「AKB 48に人生を賭ける」とか「新型のiPhoneを買うために何日も並ぶ」とか「都内の行列ができるラーメン屋を完全制覇する」みたいなヤツは至るところにいるわけでさ。だけどよく考えてみると、そういうのはたいがい「小銭ですむ道楽」なんだよな。

 意識的なのか無意識なのかはわからないけど、若いヤツの多くが、無理して働いて自分の収入やステータスを上げようとしなくても追っかけられる趣味や道楽を選んでしまっているわけだよ。アイドルだとかスマホだとかラーメンみたいな狭いところに自分のテリトリーを限定して、その中だけで生きていこうとしているんだよな。

 だから給料が少々下がろうが、税金が増えようが、そういうことは見ようとしないし、深く考えない。楽に稼いで、その範囲の中で自分の好きな分野だけを見て生きていこうってヤツが多いんじゃないか。なんで無理して富裕層にならなきゃいけないのか。自分の世界があればお金なんてどうでもいいと思ってるヤツばかりなんだよ。

 だけど、そうやって自分の視野をわざと狭めてる若者がいる一方で、そいつらを「メシのタネ」にしてる賢いヤツラもいるってのが、今の時代の「二極化」の実態でさ。頭がいいヤツは、与えられた状況に満足しているヤツラをターゲットに、そいつらの趣味嗜好に合ったものをうまくあてがって商売にしてさ。視野の狭いオタクが気がつかないうちに、ドンドン搾取して儲けてるって図式なんだよな。

すごくよくわかります
 やっぱり人間自分の価値を高めてこそだと思います

 

 


 ニートが何言ってんの?
 寄生虫のぶんざいで偉そうだな
                      は?金が全てとか浅はか乙

 

 


               稼いでない奴が言うんじゃねーよ!!!


たけしが都知事になればいいんじゃないかな
浅草出身だし


搾取される前に倹約
CDはなるべくレンタルで済ませる
ゲームも話題の過ぎたものを中古で購入
スマホも値段の落ち着いた機種を白ロムで購入
いらなくなったらネットで売ればいい
コレクションなんて場所とお金の無駄でしょ?

 

「アイドル共産党宣言」は搾取されるアイドルたちを救えるか?


先日、「アイドル共産党宣言」なるものが発布された。
 といわれても、ほとんどの人はいったい何のことだかわからないだろう。最近、「週刊金曜日」(金曜日)という普段は護憲反原発、安倍内閣批判などに取り組んでいる地味な反権力雑誌がなぜかアイドル特集を組み(14年6月6日号)、こんなタイトルの文章を掲載したのだ。

「起草者」は情報環境研究者の濱野智史。『アーキテクチャの生態系──情報環境はいかに設計されてきたか』(NTT出版)などで知られる気鋭の批評家だが、ある時期からAKB48グループ(以下、AKB)にハマり、ガチヲタ化した事で有名だ。2012年末には『前田敦子はキリストを超えた』(ちくま新書)を上梓し、AKBを〈宗教〉として考察していくなかで、ついには世界平和の実現を確信するとまで記している。
 だが、この本の出版からわずか1ヶ月後、前田と同期のメンバー・峯岸みなみの“丸刈り謝罪”騒動が起きる。「お泊まりデート」を報じられたことに対する自発的かつ衝動的な行為という話だったが、異様な光景に多くの人が拒絶反応を示した。「総選挙」や「恋愛禁止条例」など、システムや運営方針に対して「夢を見させて過酷な労働を強いる“やりがい搾取”だ!」というような批判も噴出。いわば「前田敦子はキリストを超えた」代償として「峯岸みなみは坊主になった」との解釈も成り立つ状況が起きてしまったのである。
 こうした批判に対して、これまでAKBを絶賛してきた濱野の返答は「搾取されないアイドル」を自らプロデュースすることであった。そして、「週刊金曜日」14年6月6日号に、くだんの「アイドル共産党宣言」を寄稿したのである。もちろん、これはマルクスエンゲルスによる共産主義の綱領「共産党宣言」のパロディ。「共産党宣言」といえば「今日までのあらゆる社会の歴史は、階級闘争の歴史である」という書き出しが有名だが、そのアイドル版である本稿が意味するところは、アイドル(=労働者)と運営側(=資本家)との対立にとどまっていない。
 濱野は実際に「Platonics Idol Platform」(以下、PIP)なるプロジェクトを立ち上げている。そのコンセプトはずばり“アイドルをつくるアイドル”。メンバーの一部が「プロデューサー候補生」として運営にも携わり、将来的には新たなアイドルグループのプロデューサーとして独立させることを目指す。そのうえで自活できるだけの収入を保証する。こうすることで「運営本部による搾取」を解消し、アイドルの世界を持続可能なものにしたいのだという。


 PIP公式サイトによれば、目標として
・2020年にAKB48グループの「メンバー数」を超える。
・PIPから独立して生まれたアイドルグループは、「PIPグループ」のメンバーとしても帰属することで、メンバー数を拡大させる。
・いわゆる「会いにいけるアイドル」として適切な「小さな規模感」(メンバーとファンの距離感が遠くなりすぎない、ファンも現場に通いやすい、メンバーも仕事で忙しくなりすぎない等)を維持。
 などを挙げている。『前田敦子はキリストを超えた』でアイドルへの「近接性」がその宗教的体験の本質だと論じたぐらいだから、いまや国民的アイドルとなって久しいAKBに「遠さ」を感じ、内心不満に思っているのだろう。ちなみに、PIPプロジェクトはねずみ講的なシステムではないこともちゃんと明示してある。
 ところで、濱野が「新潮45」(新潮社)2013年8月号に寄せた「地下アイドル潜入記」で描かれるヲタの実態はなかなか興味深い。宗教的体験を求めて「毎日のように会いにいける」アイドルのいる「地下」に潜った濱野。地下アイドルヲタは「コスパ」という言葉を必ずといっていいほど使うという。AKBの場合、握手会は1000円のCD1枚につき10秒ほどの接触。対して地下アイドルの場合、1000円のブロマイドを買うと1分間会話ができて、サインもしてくれる。これがヲタにとって「コスパがいい」ということだ。さらに、ライブの帰りにヲタ仲間と一杯ひっかけるときには、徹底して安い居酒屋(生ビール1杯30円!)へ行くらしい。相当なデフレ現象である。
 なぜこれほどまでにコスパが重要なのか。濱野の周囲のドルヲタに関していえば、20?30代のニートだからというのが理由のひとつ。ヲタを続けるには、アイドルグッズを転売して日銭を稼ぐ身軽なニートが一番「合理的」なのだという。
 そう考えると、共産党宣言はたんなるパロディではないのかもしれない。ためしに『共産党宣言』の「共産主義」を「ヲタ」に置き換えてみればいい。
 日本ではある種の幽霊がうろついている。「ヲタ」という幽霊である。古い価値観を持つ権力は幽霊を退治しようと、神聖な団結を行っている。その権力から「ヲタ」と罵られなかった者がどこにいるというのか。こうした事実から二つのことが自明となる。ひとつ、「ヲタ」はすでに、権力から力として認められている。ふたつ、「ヲタ」がその考え方、その目的、その傾向を社会に語り、「ヲタ」のおとぎ話を党として宣言して対峙させるのに今が絶好の時である――そう、「アイドル共産党宣言」とは「アイドルヲタ党宣言」なのである。

 

 ヲタは市場経済の地下水脈に潜行し、地下アイドル化した膨大な数の少女たちと近接的に触れ合うことで、宗教的体験(ドーパミンの分泌)を享受する。そこでは流動性の低い共同体が成立し、疎外から解き放たれる……。持続可能なアイドルを支えるのは持続可能なヲタであるはずだが大丈夫か?なんて無粋なことを思わなくもないが、極北までいけば、みんなアイドルでみんなプロデューサーでみんなヲタ。これはもしかしたら、いかなる革命家もなしえなかった共産主義革命の最終段階「国家の死滅」が実現するということではないか。
「社会的諸関係に対する国家権力の干渉は、一つの分野から他の分野へとつぎつぎによけいなものになり、それからひとりでに眠りこんでしまう。人に対する統治にかわって、物の管理と生産過程の指揮とが現れる。国家は『廃止される』のではない。それは死滅するのである。」(エンゲルス『空想から科学へ』)
 まあ、それは冗談だとしても、この試みが成功すれば、運営がアイドル(ファンも!)を一方的に搾取しがちな現状に、少しはカウンターを浴びせられるかもしれない。
 共産主義のアキレス腱である均一化やサービスの質の低下傾向など、いろいろと懸念はあるけれども、面白い試みであることは間違いない。PIPと濱野プロデューサーの動向に、要注目だ。


ファンに感謝するはずなのに3万円をむしり取る!★アイドルのファンイベントのぼったくりの実態…の巻

10日夜に放送されたバラエティー番組『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)の新企画「オマエらちゃんとしろ!!タレント審議委員会」で“底辺タレント”のファンイベントのぼったくり度が暴かれた。

同企画は「ちゃんと活動してないタレント」をチェックし、有吉弘行(40)やヒロミ(50)ら辛口審議員がダメだしするという趣旨。

「タレント活動における問題あるファンイベント」をテーマにしたコーナーでは、元AKB48野呂佳代(31)、アラサーグラドルの尾崎ナナ(32)、元SDN48KONAN(30)、グラドルの今野杏南(25)の4人が審議対象になり、イベント内容がショボいのに高額の参加料をファンに支払わせているとの疑惑が検証された。

最初に審議されたのは野呂のファンイベント。

昨年、北海道1泊2日の生誕祭ツアーイベントを開催しようとしたが、最少催行人数の35人が集まらず中止。

浅草・花やしきに会場を変更し、ビュッフェ形式の食事を楽しみながら野呂のトークなどを楽しむという内容になった。

これだけなら単に悲しい話というだけだが、イベント参加料が9000円だと分かると審議員たちは厳しい雰囲気に。

司会のロンドンブーツ1号2号・田村淳(41)が「サザンオールスターズのツアーチケットと同額」などと指摘すると呆れ声が上がった。

次に検証された尾崎は、事務所の後輩・柳いろは(24)との合同で山梨日帰りバスツアー

ファンと現地で一緒にバーベキューをしたり、公園で撮影会や「だるまさんが転んだ」などをするだけの内容だったが、料金は19800円とバス代を考えても高め。

尾崎は「でも普通の撮影会は3万円くらいだから安いもの」と弁明したが、これに淳が「フジロックフェスティバルのチケット代とほぼ同額」とコメントすると、スタジオは「高い」という空気になってしまった。

また、KONANは恵比寿にある「カラオケの鉄人」でクリスマス会を開催。

SDN48藤社優美(25)との合同イベントだったがファンは24人しか集まらず、悲しすぎる状況が浮き彫りに。

食事や歓談、イス取りゲームなどをするという内容だが、やはり参加料は1万円とイイお値段。

イベントのあまりにチープな光景に審議員の小木博明(43)からは「トゥナイト2の取材に行ったみたい」という言葉が飛び出した。

今野も同じくクリスマスイベントの模様が紹介されたが、こちらは後輩6人とともに出演という事務所上げてのファン感謝祭。

メンバーそれぞれがセクシーサンタ衣装に身を包んでファンのテーブルを回ったり、余興として全員で少女時代のダンスを披露したりといった内容で参加者も多く、「キャバクラっぽい」という意見がありつつも今までの中では一番まともに感じられた。

だが、その参加料が3万円だと分かるとスタジオからは悲鳴交じりの大ブーイング。

淳は「感謝祭なのにむしり取るね」と追い打ちし、今野以外の出演メンバーの知名度のなさにも「誰だ!?」とツッコミが入った。

ファンイベントの定番になっているカラオケの様子もチェックされ、その流れで野呂が「ノンティーLIVE」というライブイベントを開いていることが判明。

オリジナル曲なしでAKB時代の歌などを披露する内容でチケット代が5500円だと明かされ、しかも他人の曲であるAI(33)の「Story」を歌いながら感極まって涙するという謎の展開だった。

アイドルと至近距離で触れ合えるイベントは、ファンにとって値段相応の価値があるだろう。

だが、番組の演出を抜きにしてもファン以外から見ると「ぼったくり感」が強烈だ。

こういったファンイベントは多々あり、07年に元モーニング娘。飯田圭織(33)が07年に開催した日帰りバスツアーは行き先が千葉県野田市という近場で「バーベキューで出された肉は1人1枚」「食後に謎の巨大迷路に放り込まれる」といった内容だったのにもかかわらず参加費が1万9000円。

しかも、イベント前日に飯田の結婚&妊娠が発表されるという「伝説の鬼畜ツアー」としてネット上で語り継がれている。

最近もアイドル業界ではファンイベントが盛んに行われているのが実情だ。

「グループ卒業などでアイドルとしての旬が過ぎると多くのファンが離れてしまいますが、一定のコアなオタは絶対に離れずについてくる。直接触れ合えるとなれば彼らは少々高くてもお金を出してくれますし、イベントの内容がショボくてもアイドルを全肯定していますから文句を言いつつ買い続けてくれる。よく訓練された精鋭のオタは、ちょっとやそっとでは逃げ出しませんから。そういったコアなファンをターゲットに『狭く深く』搾取するビジネスに移行するのが定番になっています。また、駆け出しのアイドルグループでもコアなファンを獲得次第、バスツアーやバーベキューなどのイベントビジネスを収入の柱にしていますね」(胡散臭い芸能関係者談)

 


コアなファンから搾取するビジネスモデルといえば、AKB48の握手会&選抜総選挙のCD複数買い商法が有名。

だが、いまやAKBは人気絶頂で「会いにいけるアイドル」ではなくなり、握手会でも一瞬しか触れ合えない。

それに比べれば今回紹介されたファンイベントは、少々値段が高くとも牧歌的で微笑ましいといえるのかもしれない。

搾取商法に敢えて搾取されるバカ。

こんなバカがいる限り、アイドルを使った搾取商法はなくならない。

いつの世でも、バカは有効な金づるだ!\(^O^)/


池田信夫氏曰く、“戦争に駆り立てるもの”
池田信夫 @ikedanob 2012-09-28 11:29:51
それは大きな間違い。人々を戦争に駆り立てるのはナショナリズム。損得だけが問題なら、国家のために命を捨てる人間はいない。 RT @afulgens: 領土紛争に愛国心なんて関係ない。資源があれば国が富み、個人に還元される。実利的な問題に過ぎない。


池田信夫はこの程度人間か。底意地の悪い排他性を露呈したやつにナショナリズムうんぬん言われるとぞっとするぜ。この先生、以前ちょこっと揶揄しただけで即ブロックされた。狭量で小心者のくせして口だけは悪達者。靴底にへばりついたガムのように始末が悪い。


池田信夫(@ikedanob)さんにはこちらでも読んで欲しいな。優しい人になれるかどうかは知らないけどw→ 為末大さんの「恨む人」


やたら攻撃的なオタクって何が狙いなの?

こや @zakuzakuP 2015-06-10 21:59:12
本当ヲタ界も自分が納得出来ないのは攻撃するクズが増えたな
たつのおとすご@58.6kg14.2% @tanbn 2015-06-11 23:54:00
なんかほんとTwitterで攻撃的なオタクは面白くないよなもっと面白くキレてくれ
平均7.6 落単1 @pf39_ 2015-06-15 18:28:24
性格が悪く攻撃的なタイプのオタク
航太 @poiss0n 2015-06-15 18:41:03
リツイートで回ってきたのざっと読んだけど、攻撃的なオタクはジャンルを問わずマジで悪 しかもけっこうしょうもない悪だから見ててアァ…って力が抜けるという
首落ちて死んでる @unari_T3T 2015-06-15 20:15:40
最近のオタクは攻撃的で怖い。同じものが好き同士で群れて楽しくしてればそれでいいじゃない。そしてそのついでに私とも仲良くしてください
ずんだいろ @ai_tt 2015-06-16 15:28:46
攻撃的なヲタさん怖い
アニメオタクが気持ち悪いbot @otakukmoi 2015-06-16 16:06:45
オタクは・いわゆるリアルではおとなしく見える・ネット世界においては非常に攻撃的で差別的、他者を見下す態度を取る・自らの趣味に対しては頑固だが思想面では煽動されやすい・内面にある残虐性、攻撃性が一般人より高い・自らの非は決して認めない
スパイシPJ @spaisee_PJ 2015-06-16 20:50:07
やたら攻撃的なオタクって何が狙いなの
アニオタはキモイ @AniotakimoiBot 2015-06-18 10:10:03
アニメオタクって攻撃性高いけど、自分たちの立場が少しでも不利になると話題そらしやトンズラするからな
寄生虫沼子 @gyakurape 2015-06-18 12:06:37
攻撃的なオタクは、例えるならサンダル履いて山手線に乗ると「景観が壊れる」って怒鳴りつけてくるような存在。
アニオタはキモイ @AniotakimoiBot 2015-06-18 14:10:00
被害妄想、陰謀論、イナゴ気質、やたら攻撃的、誇大妄想、…
アニオタ見てるとネットの害って本当にある気がするわ
しいな(C2ステッピング) @S1na_ 2015-06-18 18:47:01
オタクはすぐ他者に対して攻撃的なツイートをする