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バトシーラー日記

あまり知られていない様々な真実の知識をお届けします


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出版物をタダで永久保存してくれる納本制度と社会を変える方法


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納本制度
のうほんせいど

国立国会図書館法 (25条) に基づき,新刊本1部を,その発行日より 30日以内に同館に納めること。この制度は文化財の蓄積とその利用を目的としている。納本された出版物は,同館発行の『日本全国書誌週刊版』に掲載されるほか,そのデータをカード化し,全国の図書館に配られる。

納本制度

国立国会図書館法で、出版社や国の機関に対し、出版物の納入を義務付けている。民間出版物の場合、出版社などは「最良版の完全なもの」を1部納入し、その費用は国が補填(ほてん)する。12年刊行の民間出版物(図書)の納入率は98.9%。13年7月からは、インターネット上の電子書籍や電子雑誌も対象になった。

納本制度【のうほんせいど】

図書その他の出版物を,出版のつどその国の法律で指定した図書館などの公的機関に納入する制度。著作権保護のために行っている国が多いが,日本では国立国会図書館法に基づき,図書資料の蓄積と利用だけを目的に,
完全本1部を国会図書館に納入することになっている。

のうほんせいど【納本制度 legal deposit】

出版物を法的規制により図書館あるいは官庁に納める制度。この制度は,フランスのフランソア1世が,1537年,その王室図書館の蔵書を増やすために設けたことにはじまる。イギリスでは1610年,ボドリーThomas Bodley(1545‐1613)と書籍出版商組合の間の紳士協定にもとづいて自発的な納本が行われたのが最初。さらに62年の出版条例により,オックスフォード大学のボドレーアン図書館と王立図書館,それにケンブリッジ大学図書館が納本制度による特権を得ているが,これは図書館の蔵書を確保するという面より,瀆聖(とくせい)的内容のものや治安を乱すおそれのあるものの刊行を防止するためのものであった。

納本制度

出版者に対して,法律により国立図書館へ出版物などの納入を義務付ける制度.日本では,「国立国会図書館法」で,国立国会図書館が出版者から,完全本を出版後1か月以内に1部納入されることになっている.納本は原則として無償だが高額の図書には代金が支払われることもある.フランスのフランソワ一世(François I 1497-1547)が1537年,モンペリエの条令で国内の出版者に出版ごとに1部を王室図書館に納本するように定めたのが始まりである.初めはなかなか守られなかったが,現在フランスでは,商業出版は2部ずつ(ほかに印刷者から1部)の納本がほぼ完全に実施されている.デンマークでは友人に配る文集なども納本が義務付けられているが,ベルギーでは5ページ以下のものは免除される.納本部数は国によって異なり,1部だけでよいところから1970年代のブルガリアのように18部というところもある.かつては検閲に利用されたが,現在は各国とも,全国書誌の作成,中央図書館での保存のためにこの制度がしかれている.


【ビブリオテーク・ナシヨナル】より

…国の内外から善本を集め,ブルボン家が2世紀間に集めた蔵書を1523年に没収し,祖父ジャン・ル・ボンと父シャルル・ダングーレームの蔵書に加え,フォンテンブロー宮殿に特にギリシア語写本を集めさせたフランソア1世は,さらに1544年ブロア城から1890冊の図書をフォンテンブローに運ばせて,ヨーロッパ随一の図書館をつくった。ギリシア学者G.ビュデを司書長にE.ロッフェを製本師長に任命したフランソア1世は,1573年モンペリエ勅令で印刷本の納本制度をつくって領土内で印刷された本を集め,ビブリオテーク・ナシヨナルの基礎を確立した。 フランソア1世の嗣子アンリ2世も立派な装丁を愛する集書家であった。

2020年、国会図書館が満杯に 納本は年50万点超
大西史晃2015年5月9日13時50分

国会図書館関西館の書架。手前左の雑誌は、背表紙が見えるよう縦置きだったのを、背表紙を上にする形にし、スペースを有効活用している=京都府精華町

 国内最多の蔵書を誇る国立国会図書館(東京都千代田区)に、「2020年問題」が浮上している。本の収蔵スペースが不足し、現状のままだと20年春に書庫が満杯になる見込み。増築計画はあるが、実現してもスペース不足の抜本的な解決策にはなりそうにない。

 京都府精華町国会図書館関西館。サッカー場三つ分のスペースに置かれた書庫に、本や雑誌が整然と並ぶ。本を傷めないよう室温は22度、湿度は55%前後に保たれている。

 関西館は、書庫の拡大などを目的に02年に開設された。厚さ3センチの本に換算して約1200万冊を収蔵可能な東京本館(新館書庫を含む)に、余裕がなくなったためだ。
 約600万冊を収蔵でき、新たな納本の一部や、東京の蔵書の一部を受け入れて「分散化」に一役買ってきた。
 
 
 虚空と君のあいだに ~ソラと君との間には、今日も冷たい嘘が降る~ 世界中の嘘をできるだけ、わかりやすく解説。
 
 
 表面のものは偽りかもしれない。それは嘘や商売、お世辞かもしれない。
単純な人の本心だろうと、ニュース、右翼が反安保デモに漢字が書けない日本人を自作自演でヤラセをやろうとも同じである。

個人の心の中、集団。
必死に隠している秘密を知ることができれば、そこに『偽り』はない。

『権利』というコイン裏側には『義務』があるのを理解してる人は少ない。
選挙を権利とだけとらえ、義務を理解しない。自由を権利としてとらえ、自由に付随する義務が何かを答えられる人は、ほぼいないだろう。
平たく言えば、言いたいことだけ言って責任はとらない人ばかり。

ま、俺もだけどね

社会が悪である場合それは洗脳というのがぴったりかもしれないが、逆に望ましい場合には洗脳とは呼ばずに教育や法律と認識されるだけである。この様な表現が適当であったかどうかは分からないが、疑わずに受け入れているものは善で、嫌々ながら受け入れるものは洗脳だというのは甚だご都合主義なのだ。

 

 

人間の本質は生れながらにあるか、育った環境教育にあるか。
前者、ネイティビズム、生れながらが右翼の起源であり、後者が左翼になる。
面白いことに、女の子が常に王子様にあこがれ、お姫様だと錯覚するように、女のほうが右翼思想が大きい。実際には左翼な子が多く、右翼は男ばかりなんだけど。

一昔前の映画は「もし阻止できないなら原発が爆発される!地球が…」なんて設定で盛り上がってた。
今のこの状況は何?
最悪な状況が進行中、誰も直視せず、誰もがにやけてる。
現実より良くできたフイクションは存在しない
嘘で作られ、ここまでバカバカしくても成り立つのだから。
祝誕生日俺!


世界を変えてやるぞーという、思いは俺にもある。
でも、自分のために何かをしようとする、といろんなしがらみから手が止まる。
幼稚で偽善、不真面目などと言われようと、今この星にいる子供達に何をし、何を伝え残すのかという立場、思いではないと、新たなものは生まれ出ないのかもしれない。


詐欺でしかない年金や税金の公務員なんかと比べればもちろん、金を転がすだけの職種なんかと比べても、底辺と言われる部分のほうが最低限のモラルはあるのかもしれませんね。
一般常識が一部、通じない世界ですが。
 
 
というわけで、そこそこ馬鹿になって生きてます。
 
馬鹿であると世の中、気持ちいいですね。
体動かして、少し頭使って、自分で作った物が、ちゃんと形になっていく。目的もわかりやすい。
労働はこうあるべきって感じがします。
 
 
昨年はお世話になりました。
 
 
もう少ししたら、ちゃんと晴耕雨読で、ブログ更新できるようにがんばります。
 
 
村手


もし、まだ募金していただける人がいましたら、口座は昔、飛び出したときの口座と変わりませんので、ここになります。入金の確認はたまにするだけですので、ご容赦ください。
静清信用金庫 草薙支店店番034
普通口座番号 0071932
ムラテ サトシ


ここに報告させて頂きます。
:追記 ブロガー支援基金のほうのお金は返金いたしました。個人の方からのお金はありがたく使わせていただきます。
 
ありがとうございました。
 
 
こういう陰謀関係を扱うブログでは、大抵の人が「疲れた」とか、「やっててむなしい」などの形でブログを終わらせてしまう人が多いのですが、自分はこのブログをやっていたことで嫁さんとも知り合えましたし、多くの方からも支援して頂き、感激しています。
 
自分は心の底から思います、「やってきて良かった」と。
 
このお金は昔からブログを書き続けてていつも思っていた、パソコンを買う資金と、生まれてくる子どものための日用品にあてさせて頂きます。
 
本当にありがとうございました。
この年で求職中ですし、けして生活が裕福ではない自分ですが、そんな自分よりもさらに生活が厳しい人は、この社会には多くいます。
自分がこの資金を使わせてもらうのは、「社会のおかしさを指摘することの対価」であり、それは「嘘をつくことで儲かる社会のアンチテーゼ」であり、その手法への多くの方からの支援だと認識しておくべきだと思います。
 
自分も、このブログを読んでる多くの方と同じく、新聞を昔から購読していた普通の家庭に育ち、ある時から「新聞は嘘だらけだ」と気づくようになりました。
ただマスコミへ「嘘だ」と口だけで騒ぐのではなく、
「自分自身でちゃんと形に残るように指摘する」
「新聞購読やメディアのために支払った対価以上を、嘘を書かない何か別の媒体や新聞をちゃんと批判できる媒体、それに投資する」、
そんな実行力のある行動をしなければ、世の中は変わって行きません。大部分の人はそれはできません。
それなのに、この「嘘をつくことで儲かる社会」を変えたい、その社会変革へのアンチテーゼを行動してくれた人が多くいたことを、よく噛み締めて考えたいと思います。
 
 
社会を正面から批判してるブログをやってる他の人が、自分と同じように「やっててよかった」と思えるようにすること、つまり自分が感じたこの感謝を多くの人へ連鎖させて行くこと。
 
その役割の一端を担うのだと、プレッシャーではありますが開き直って前に進んでいくつもりです。
 
 
昔の自分は、社会をコントロールする暴力に怯え、歯向かうことと死についても考えたりもしました。
こういうブログは、それを意識してなければ偽物であるとも言えますから。
そういう悩みから多くの人が、ブログを終わらせてしまうのもよくわかります、自分もそうでしたから。
 
ただ今生きているこの時間、この一瞬でさえ、どこかで人生に終わりがあるとしても、別のところには始まりもあるわけで。
粉ミルクの工場は、6社中5社が東北で、兵庫県の残り一社も食べて応援のグリコです。
大人でさえ何を食べていいのかわからない社会、子どもに何を教えたらいいのかわからない社会。
「知らなきゃ良かった」、「何も考えずに生きれたら・・・」それは今も昔も自分にとって魔法の言葉です。
でも、目をそらせばいつ誰が殺されてもおかしくないほどの世界です。
自分は、人間の本質の醜悪さなんかも考えたりもしました。それもブログで書いてきました。
そういうことを考えるたびに、世の中を変えられないという思いと、自分自身への不完全さへの嫌悪がわき上がってきた時もあります。
 
今の自分の感謝の気持ちはつまり、多くの方に世の中を変える方法の「実践」をご教授いただいたことだと思っております。
あとは自分の思いを連鎖させるだけでいいのですから。
今の世の中で、これから自身含めて何があったとしても、何を思い、何を考え、何を調べて、どうしたかを自分の生活の中で、そこにいる人にできるかぎり伝えたいと思います。
生まれてくる子どもには、自分自身が不完全すぎたから、お前自身、子孫という存在を望んだのだと伝えるべきかなと思っています。
自分じゃダメだから子どもになんとかしてもらおう。なんとまあ都合のいい悪い親です。
でも人は永遠に生きられない以上、仕方のないことです。
親が子どもに、ブログという形で読者へ、ずるいけど他者に託す、でもそのことで世界は進んで行きます。それは悪くてもズルくても大事なとこです。
死についての考えが、生についての楽観的な希望への考えに変わった、怯えることから前向きに開き直ったのは、そこらへんが大きいです。怖くても。伝えるのが苦しくても。
人は不完全なこと、本質が醜悪でもあること、死が怖く誰のそばにもあること、みんなズルいこと、でもどれも全部大事なんだよと。
だから連鎖していくんだよと、その連鎖が本来の社会の構築であり、自分の今の希望でもあります。
 
 
こんな世界です。 
でも、今、生活が楽しいです。
 
 
感謝が連鎖できるように。